「当たり前のものがない」
海外にいると「ない」という経験をします。
そうすると今まで「あった」ことのありがたみを感じられます。
よくないのは、温かいシャワーです。
スワジランドにいたときは「冬」でしたが、お湯が出ずに毎日水を電気ケトルで温めて水と混ぜていました。
ホンジェラスの今いるアパートでも最初の3日間はお湯が出ず、冷たい水のシャワーを浴びていました。
4日目に、ようやく「温かいシャワー」が出て、「いつも当たり前にあったもの」
の素晴らしさを噛み締めました。
そして、今ないのはwifiです。
家のwifiルーターが壊れていて、5日間ほどwifiが使えない状況です。
いつどこでも接続できたインターネットがない生活。
今まではないのが当たり前だったのに、いきなりなくなるとかなり不便に感じてしまいます。
しかし、「インターネット」を手にいれたら、SNSをすぐ確認して15分くらいには、「何しよっかな?」とあんなに求めていたインターネットで何するか忘れてしまいます。
「本当にインターネット必要だったんだっけ?」
と思わされます。
でも、やはりないとほしくなります。笑
不思議ですね。笑
あとは、いつも食べ慣れていた「食事」もなくなります。
他の国で食べる「食事」は美味しいものも多いです。(そうではないのも多いですが)
しかし、帰国した後に食べた、「家のごはん」は衝撃的でした。
自分の求めている
「これだ!!!」
という味がそこにあるのです。
「おふくろの味」の威力は半端ないです。笑
あと、「気軽に会える友達」も「ない」です。
日本ですぐに会えた友達や何気なく遊んでいた友達も外にいくと「ない」です。
その場にいると「当たり前」になってしまいます。
「ありがとう」の対義語は、「当たり前」らしいです。
「当たり前」だったのが、急になくなり「ありがたみ」を感じます。
昨日は、今までになく衝撃的な「いつもあるもの」がなくなる体験をしました。
それは
「空気」
です。
いつも当たり前に、無意識に感じている「空気」がないという感覚。
ものすごく不思議な感覚で、すぐ息が切れて、「空気がほしくなりました。」
「過呼吸」気味になったり、
いつもより疲れたり、
不安になったり、
全く新しい気分でした。
おかげで、普通にしている時も「空気」について少し敏感になりました。
、、、、、
今日も、ダイビングに行ってきます!