日本人は1人だけ!アメリカの大学で教育を学んでみる

日本人は1人だけ!アメリカの大学で教育を学んでみる

早大を休学してアメリカのリベラルアーツカレッジで教育を学ぶ学生。アメリカ留学2年間終了後、アフリカに行き、現在はインドで働いている。多くの教育関係者、海外に興味を持った方に読まれるブログを運営中。

チリの学校に突撃訪問してみた

 

マチュピチュの後はチリの首都サンチアゴに向かいます。

 

チリのサンチアゴには友達がいたので、その友達の家にホームステイしました。

 

その家で朝目が覚めると、何やら子供の声が外から聞こえます。

 

よく見ると、そこにあるのは学校でした。

 

学校!

 

行くしかないですね。

 

なぜって、 そこに学校があるからです。

 

ということで、学校に行ってみましたが当然柵に囲まれて中に入れません。

 

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うろうろしてると、先生らしき人を見つけたので話しかけましたが、彼らはスペイン語を話すので話が通じません。

 

「こいつ変なやつだ」と思われて行ってしまい、せっかくのチャンスを逃してしまいました。

 

英語が通じないと話にならないので、次の作戦を考えました。

 

名付けて、「学校の英語の先生を呼ぶ大作戦」です。

 

学校には少なくとも1人は英語を話せる人がいます。

 

それは「英語の先生」です。

 

なので、英語の先生を呼ぼうと、掃除のおばちゃんに片言のスペイン語とボディーランゲージで

 

「英語の先生をここによんで」

 

と言いましたが、 僕のことを不審に思ったのか、

 

「NO!!! 」と強く言われてしまいました。

 

 

NOか。。。。。。。

 

ってか、まぁ当然と言われれば当然なのです。

 

いきなり自分の中学校に、地球の裏側から来た人が中に入ろうとしていたら、入れてくれないてすよね。笑笑

 

でも、ここで粘るのが僕です。笑

 

しばらくすると子どもたちが来たので、子どもたちに話しかけてみたら、子どもたちは興味深々です。

 

「こいつは何者なんだ」という目でみてきたので、

 

「英語の先生を呼んで」

 

というと「わかった!」 と言って校舎の中に戻って行きました!

 

しかし、彼らは行ったきり戻って来ませんでした。。。。。

 

。。。。。。。

 

そうしてしばらくすると、今度は保護者が校舎の中に入ろうとしてました。

 

保護者の来校のためにゲートが開くと、保護者に

 

「あなたも入りなさい」

 

と言われました。

 

「え、僕もいいんですか? 」みたいなマヌケな顔をしてると、

 

「英語の先生が必要なんでしょ。呼んであげるわよ。」

 

と言って、中に入れてくれました。

 

保護者強し。笑

 

しばらくしたら、英語の先生が来ました。

 

そして、

 

「あなたは何をしたいの? 」と言われ、

 

「 自分は日本の英語の教員です。(まだですが、めんどくさいので英語の教員だと言いました笑)。世界各国の教育現場を見て回って、世界の教育や学校について学んでる。この学校の中も見させてくれますか? 」

 

と言いました。

 

「うーん。」みたいな顔をして、反応はなんか微妙そうです。

 

なので、

 

「あと日本の文化や日本のことを紹介できるよ。 」

 

と、いつも日本の紹介の時に使っているパワポを見せたら、その先生は「進撃の巨人」の写真食いつきました。笑

 

「私も日本の文化好きなのよ。校長先生に聞いて見るわ。ここで待ってて。 」

 

と言ってくれました。

 

進撃の巨人は海外でもかなり人気で、その先生もファンだそうです。

 

営業成功です。笑

 

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そこで、しばらく待ってると先生が帰ってきて、

 

「校長先生はYesと言ったわ。 」

 

と伝えられました。

 

Yes!!!

 

いいらしいです。

 

但し、明日また来てほしいとのことなので、明日来ることになりました。

 

「日本のことをぜひ紹介してほしい。パワポやプロジェクターもあるわよ。」

 

と言われたので、俄然やる気になって学校を後にしたのでした。

 

いやー、なんか機会って創り出すものなんですね。 って改めて思いました。

 

「いきなりきた人をすんなり学校入れてくれるなんてセキュリティ大丈夫か」

 

と思うよりも、

 

僕のことを信じてくれて中に入れてくへた先生方に感謝です。

 

その後はプラプラと街を歩きました。

 

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一緒に丘を登ったペルー人のおっちやんと。

 

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って事で明日は学校に行くことになりました!笑

 

 

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マチュピチュを見るために立ちはだかった2つの試練

 

マチュピチュリベンジのために朝6時半に起きました。

クスコからマチュピチュまでは6時間バスに乗った後、3時間徒歩で「アグアス・カリエンテス」という村に行きます。

 

日本のサイトでは「アグアス・カリエンテス村」のことを「マチュピチュ村」と書かれていところが多いですが、マチュピチュ村」と言っても誰もわかりませんでした。

 

電車でもいけますが、線路を歩く方が'旅感'がでるので多くの旅行者は3時間歩きを選びます。

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この歩きが「スタンド・バイミー」コースと呼ばれてます。

途中では電車も通ります。

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3時間の徒歩の末、雨に見舞われましたが無事にアグアス・カリエンテスに着きました。

 

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マチュピチュに向かうには、朝出発して夕方に着くので、アグアス・カリエンテスに最低一泊する必要があります。

 

宿はその場で探しましたが、後に考えるとちゃんと先にとっておけば良かったかなぁと。

 

ホステルワールドでレビューを見て取った方が安全ですし。

 

でも、宿を決めてなかった代わりに線路を歩いてる内に仲良くなった韓国人の子達と一緒の宿に泊まることにしました。

夜ご飯を一緒に食べてその日は次の日に備えます。

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次の日は朝4時半に起きて、朝一にマチュピチュに向かいます。

 

そしてこの日は2つの試練がありました。

 

1つは我々がアフガニスタンになってしまったことです。

 

というのも、マチュピチュはオンラインでチケットを買わなきゃいけないのですか、チケットを買う時に国籍を選びます。

 

チケットURL:http://www.machupicchu.gob.pe/

 

国籍の一番初めがAから始まるアフガニスタンなのですが、変えるのを完全に忘れてしまっていたのです。

 

しかもこの国籍を選ぶ前に、

 

友達と

 

「出身はアフガニスタンでいい?笑 これ変えるの忘れる人年間10人くらいいるよねー笑笑。あははは。」

 

という会話をしてました。

 

次の日自分たちのオンラインチケットを見ると国籍がアフガニスタンになっていました。

 

。。。。。。。。。

 

。。。。。。。。。

 

1年間の10人のうちの1人に見事になりました。


なので、エントランスでチケットを見せる時には、かなりドキドキしました。

 

もしかしたら、パスポートとチケットの国籍が違うことを理由に入れてくれないかもしれない。

 

正直に間違えたことを言うか、言わずに強引に突破するか迷いましたが、こうゆう時は強引に突破するのが、正しいですよね!!笑

 

なので、全く知らないふりをして堂々と日本のパスポートとアフガニスタン国籍のチケットを見せました。

 

そしたら、何も言われずに突破です。

 

余裕でした。

 

神は乗り越えられる試練しか与えないのです。

 

大事なのは図太さだと学びました。

 

なので、これからマチュピチュに行く方はアフガニスタン国籍でチケットを買っても大丈夫です。

 

そして、マチュピチュに入るにはガイドが必要です。

 

と、多くのサイトに書いてあり、多くの人がガイドをつけてます。

 

いやガイド必要ないっしょ。

 

ということで、ガイドなしで中に入ろうとしたら、特に止められることもなく余裕で中に入れました。

 

何事もとにかくやってみることが大事ですね。笑


そしてもう1つの試練が

「雨」

あめ。。。。。。

アメ。。。。。。

AMEなのです。

そもそもこの時期は雨季で雨や曇りが続く時期なのですが、春休みなどを利用すると大体はこの時期になってしまいます。

霧が深く、いろいろ見えない状態です。

予想通りでしたが、いざマチュピチュに行って曇りだとかなり幻滅します。。。

 

こんな感じ。

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よく見るやつと全然違う!!

 

「これ、マチュピチュだよ!!」

 

と言っても微妙ですよね。。。。


しかし、霧の動きが早いので、少し待ってると霧が晴れてることがあります。

すかさず、


「今!今!」

 

と写真を撮ります。

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そして、更に待つともっと霧がはれてきます。

 

いいぞ、いいぞ。

 

その調子だ!

 

と思ってると、なんと曇り・雨予報なのに太陽がでてきました!!

 

おおお!!!

 

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これiPhone SEで撮ってますが、マチュピチュのお陰で一眼で撮ったみたいになってます。笑

 

一緒に行った友達は見事に雨女でしたが、晴れ男の僕の勝ちでした。

 

マチュピチュは曇りでも、粘っていたら晴れることもあるので諦めないことがポイントです。

 

写真を撮った後は、モンタニャに登ろうとしたら、

 

「もう受付時間過ぎてるよ」

 

と言われました。

 

かなり粘ってここも強引に中に入ろうとしたら、立ちはだかるのは門番のおばちゃんです。

 

彼女はこの入り口の主であり、この入り口に来るのに遅れた人やチケットを持ってない人を追い返すという重大な仕事を長年していて、その腕の太さからは只者ではない臭いがします。

 

30分遅れたぐらい余裕っしょ。ペルー時間ルーズっしょ。

 

と思ってたら、あえなく撃沈しました。

 

交渉してもおばちゃんは首を縦に振らず、遂には最終兵器のお金を握らせるか迷いましたが、それはせずに諦めました。

 

でも、諦められなかったので、山を登る違う道を見つけて、その道で山に登りました。

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マチュピチュとワイナピチュをより高いところから見れます。

 

そしたら、そこになんとブラジルであったイギリス人の19歳3人組に偶然再会しました。

 

この3人組とはブラジルの路上ダンスを一緒に楽しんだ仲です。

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こうゆう偶然の再会はテンション上がります!

 

正規のルートで登ってたら彼らには再会できませんでした。

 

なので、通してくれなかったおばちゃんに感謝というポジティブにいこうと思います。笑笑 

 

旅も終盤になってきました。

 

この後はチリに向かいます。

 

マチュピチュに行けなくてわかった旅を最高に楽しむ方法

 

朝4時のフライトに乗るべくして、ロビーで待っていたら「遅延」のお知らせが流れました。

 

さいあくです。。。。

 

なぜなら、朝7時15分のマチュピチュ村に向かうバスに乗る予定だったのですが、このままだと間に合わなくなってしまいます。

 

「30分くらいの遅れならまだ間に合うかもしれない」と考えていたところ、2時間がっつり遅延してあえなくバスを逃しました。

 

お金を無駄にしただけではなく、その日マチュピチュ村に向かうことは不可能であるということを伝えられました。

 

がーん。。。。

 

友達と同じバスで向かう予定だったのですが、遅延のせいで僕の友達も一緒にキャンセルしてくれました。

 

しかし、なんとかマチュピチュ村に向かう方法はないかと色々調べたり、数々のツアー会社を訪ねたのですが、どの会社もダメでした。

 

仕方なく、マチュピチュ村には次の日の早朝に向かうことに決めました。

 

一日ぽっかり空いてしまいました。

 

ここで頭をよぎった言葉は、

 

「旅では起こることを楽しむと決めること」

 

という言葉です。

 

ちょうど飛行機で読んでいたこの本の言葉です。

 

ライフトラベラー 人生の旅人

ライフトラベラー 人生の旅人

 

 

旅はハプニングがあるから楽しいんですね。

 

なので、どうにかしてこの一日を最高の一日にしてやろうとムキになってきました。笑

 

そして、クスコで何かできないかと色々なツアーをみたのですが、どれもなかなかピンときませんでした。

 

アマゾンツアーや、アルゼンチンのバイクツアーなどを体験したのですが、なぜか

 

「あまり満足しなかった」

 

からです。

 

それはそのはず、ツアーにはガイドがいて、どこに行くか決まっていて、どう行くかも既に決まっていているんですね。

 

それだと、どうしても「受動的」になってしまうんです。

 

これって主体性がないんですね。

 

思考停止状態になるんです。

 

旅の醍醐味である、「自分で考えて行動する」という行為を完全に奪い取ってしまっているのです。

 

文科省も「これからの子ども達には主体性が必要だ!!!!」と言ってます。

 

これって、

 

「ツアーには申し込むな!!」「ペルーでも自分で考えて行動しろ!!!」

 

って文科省は言いたいと思うんです。

 

なので、ツアーを申し込む代わりに、自分たちでツアーを作ることに決めました。

 

自分たちで行く先を決めて、自分たちで何で行くかを決め、自分たちで道を調べていきました。

 

まずはツアー会社に交渉して、

 

「ツアーではなく、自転車を貸してください。ガイドはいらないです。」

 

とお願いしたところ、

 

「うちはツアーしかないんだ。」

 

と言われてあえなく撃沈。

 

。。。。。。。。

 

ここで簡単に諦めないところが肝心です。

 

だって、自転車でペルーの山々を駆け回るのって絶対に楽しいのがわかるじゃないですか。

 

そう強く思っていたので、他のツアー会社にも行きました。

 

ツアー会社はひたすらツアーを勧めてきますが、それを冷静にかわして、

 

「自分たちで行く。」

 

と言っていると、1つの会社が自転車だけ貸してくれることを了承してくれました。

 

自転車だけなのでツアーよりもずっと安く、「夜7時までに返してくれ」と言われました。

 

無事にバイクを借り、自転車で2時間くらいのクスコの穴場スポット「マラス塩田」に向かうことに決めました。

 

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サイクリングをしているのは僕らの他にはいなく優越感に浸ります。

 

そして、美しい景色に魅了されました。

 

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絶景です。

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こんなに気持ちいのに、なぜサイクリングをしている人たちが少ないのだろうと最初に思っていましたが、それはすぐにわかりました。

 

それは、「高山病を恐れてるから」です。

 

。。。。。。。。

 

標高は3800メートルです。

 

富士山より高いです。

 

その標高で上っている時はものすごいしんどいです。

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 なので、かなりスローペースで休憩しながら行きました。

 

途中では、よくわからないおばあちゃんに

 

「これ飲んでいきな!!!」

 

と止められて壺の中のピンクの飲み物を飲んでみたら見事にビールでした。

 

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「どんどんのみな。タダだよ!!」

 

とそのビールを一気飲みするおばちゃんは酒豪です。

 

富士山よりも高い場所で、ビールを飲んで酔っ払いながら、サイクリングするってやばいだろと思いましたが、しっかり飲み切りました。笑

 

そんなことをしながらサイクリングをしていると、2時間で着くところ、2時間たってもまだ目標の半分にも達してないという事態が起こりました。

 

ここで「目的地にたどり着かないのではないか」

 

という不安と

 

「もしこのまま日が暮れてしまったらどうしよう」

 

という恐怖に襲われました。

 

今僕たちが向かっている、「マラス塩田」には「マラス塩田ツアー」があり、車で1時間ほどで行くことができます。

 

しかし、僕たちは「自転車を選んだ」ことで3時間たってもまだ着きません。

 

「僕らも大人しく車で行けばよかったかも」

 

と一瞬思いましたが、目の前の景色をみたら「すぐさまこれが正しかった」と思いました。

 

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確かに、車の車窓からも同じ景色が見えます。

 

しかし、車窓からの景色とサイクリングで一回一回止まって景色を贅沢に堪能していくのは雲泥の差です。

 

何よりも、車に動かされているのではなく、「自分たちで一歩一歩進んでいる感覚」がとても気持ち良いのです。

 

確かに、車で向かうのは一見楽で快適かもしれないですが、その分それを達成した時の達成感はあまりありません。

 

僕らはゴールへの過程を丁寧に一歩ずつ歩んでいきました。

 

その結果、「マラス塩田」に着いたときは出発してから5時間ほど経ってましたが、興奮と感動と達成感の入り混じった感情が湧きました。

 

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この感情は、なかなか普段感じることができなく、ものすごく幸せな気持ちになりました。

 

上り坂で歩いたり、何度も休憩したり、頻繁に水分補給して、たどり着いた「マラス塩田」には特別な感情が生まれました。

 

そして、友達と一緒に行ったことでその喜びを共有できる素晴らしさがありました。

 

「自分たちで決める」

「仲間と喜びを共有する」

 

この二つは旅を最高に楽しむには欠かせないのかなと思いました。

 

バイクは7時に返さなければいけなかったのですが、2時間遅れの9時に戻ってきたのですが、僕らがちょうどバイク屋さんに行ったときに彼らがお店を閉めていたというミラクルが起きました。

 

ベストタイミングでお店に着き、延長料金も払わなくてもよく、

 

「君たちが遅いので心配した。もちろん自転車よりも、君たちの身の安全のほうだ。あなたたちは私たちの大切なお客様です。」

 

と言ってもらいました。

 

今日、マチュピチュ村にいけなかったという不運に見舞われましたが、その代わりにまたとない経験をすることができ、最悪の一日から最高の一日に変わりました!

 

明日こそはマチュピチュに向かいます!

 

 

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これがホンジェラス(ロアタン島)の日常!面白いあるある10選! 

 

ロアタン島に3週間いて見つけたホンジェラス(ロアタン島)あるあるを発表していきます。

 

まず場所の確認です。

 

ホンジェラスはここ

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そして、ロアタン島はホンジェラスの北部にある島です。

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 ホンジェラスあるある①住所がない

 

はい、この島住所がないんです。

 

最初に空港で、

 

「どこに泊まるの?」

 

と聞かれて、「住所聞くの忘れてた!」と思ったら、迎えに来てくれた人が

 

「この島には住所がないよ。だから、あの道の黄色の家というんだ。」

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と教えてくれました。

 

住所ないって郵便物どうするのか不思議です。

 

ちなみに、日本に手紙を出そうとしたのですが、到着するのに2か月ほどかかり、1万円ぐらいと言われたのであえなく断念しました。

 

ホンジェラスあるある②トイレに紙を流せない

 

これは、中米、南米であるあるだと思うのですが、トイレで紙を流せないことがよくあります。

 

なので、流す代わりにごみ箱の中に捨てます。

 

和式のトイレがあったり、紙を使わないトレイがあったり、文化によって様々ですね。

 

ホンジェラスあるある③毎朝アリチェック

 

これは、毎朝「アリ」のチェックをするということです。

 

家の中にも「アリ」がいます。

 

少しでも洗い残しがあると次の日にはアリがそこに群がってきます。

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みりんを少しこぼして放っておいた次の日は大変でした。笑

 

ホンジェラスあるある④草むらに無数の蛍

 

夜になると光るものが草むらに見えます。

 

最初はイルミネーションか何かと思ってたら、よく見たら四方八方に動いてます。

 

現地の人に聞いてみたら、

 

「それは蛍だよ」

 

と教えてくれました。

 

草むらに蛍がいるのは不思議な感じでしたが、幻想的な景色でした!

 

写真には写りませんでした!

 

ホンジェラスあるある⑤シートベルトを締めないタクシーの運ちゃん

 

島で移動は基本タクシーです。

 

タクシー通勤と言うと豪華に聞こえますが、大体200円程なのです。

 

タクシーの助手席に乗ると

 

「ピッ、ピッ、ピッ、ピピッ、ピピッ、ピピッ」

 

と音が鳴ります。

 

何事かと思ったら、「シートベルト着用の音」でした。

 

「ちゃんとつけてるよ!」と思って横を見たら、

 

運ちゃんはシートベルトをしてません。

 

いや、お前かよ!

 

とツッコミを心の中で入れました。笑

 

ホンジェラスあるある⑥ドルとレンピーラどちらも使える

 

この島ではUSドルとホンジェラスの通貨であるレンピーラ(L)がどちらも使えます。

 

基本的には1ドル=24レンピーラなのですが、場所によっては1ドル=25レンピーラとかなり自由です。

 

ちなみにこないだ「お金を貸してほしい」と言われた金額は「3500レンピーラ」でした。

 

そして、返ってきたのは「3000レンピーラ」です。笑

 

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ホンジェラスあるある⑦無数のヤモリ

 

この島ではヤモリを一日5匹ほどみます。

 

道、家、学校、部屋、

 

どこにでもいます。

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部屋の中にも常に2匹いましたが、蚊を食べてくれるのであえてそのままにして、部屋の中で飼っていました。笑

 

 

ホンジェラスあるある⑧頻繁の停電→星がきれいに見える

 

停電が頻繁に起きました。

 

大体3日に1回の頻度で起き、夜停電になると本当に何もすることがないです。

 

アフリカでもあるあるでした。

 

料理もできない、インターネットもない、何も見えない、

 

という状況です。

 

でも、そんな時に空を見上げると星がいつもよりきれいです。

 

停電も悪いことだけではありませんね!

 

ホンジェラスあるある⑨蚊に異様に刺される→刺されなくなる

 

蚊がめちゃくちゃいます。

 

しかも、ものすごく小さい蚊が気づいたら腕にいて気づいたら片足で100箇所以上刺されて、最初はかなり悩まされました。

 

人体に悪影響を及ぼすといわれている?超強力の虫除けスプレーも買ったほどです。

 

しかし、3週目に入るとぱったり蚊に刺されなくなりました。

 

ホンジェラス人になったのだなぁ、しみじみと思いました。笑

 

ホンジェラスあるある⑩イエローカードが必要

 

ホンジェラスに入国するときに「イエローカード」の提示を求められました。

 

イエローカードとは「黄熱病」の予防接種を受けたという証明書です。

 

「いちおう受けとくか」と思っていく前に受けたのですが、ホンジェラスで必要だと思ってなかったのでラッキーでした。

 

一回受けると生涯有効なので、アフリカ、南米あたりを行く人はぜひ受けたほうがいいと思います。

 

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まとめ

 

以上がホンジェラスあるあるでした。

 

ぜひホンジェラスにも行ってみてください!

 

あ、本土はめちゃめちゃ危険みたいなので気を付けてください!

 

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「お金を貸してくれ」とホンジェラスで言われて素直に貸してみた

 

あなたは「お金を貸してくれ」と言われて貸しますか?

 

「それは時と状況による。」

 

と言うのが一般的だと思います。

 

それでは、

 

【ホンジェラス】で「お金を貸してくれ」と言われたら、

 

お金を貸しますか?

 

貸してくれと言われている金額は1万5000円です。

 

「貸さない」、「5000円だけ貸す」、「全額貸す」

 

という選択肢があるでしょう。

 

僕は素直に全額貸しました。

 

ここで条件を整理します。

 

相手:同じ学校でティーチングアシスタントとして働く大学2年生の女の子

 

理由:大学の学費を支払わなければいけないが、バイト(ティーチングアシスタント)の給与がまだ振り込まれていない。

  → 他の教員も同じことを言っていたため、給与の支払いが遅れているのは事実。

 

金額:1万5000円

 

自分と相手の関係:挨拶をしたり、雑談をする仲だったが、次の日に他の先生と一緒に遊びに行こうとなった。仲がかなり良いわけでもなく、仲が悪いわけでもない。

 

お金を貸してくれと言われるまでの経緯:

 

金曜日

 

次の何しようかな~と思って、例のその子に

 

「この島で言ったところいい場所あるかな?」

 

と聞いたら、

 

「ウエスト・ベイは絶対行ったほうがいい!」

 

と言われて、

 

「1人で行ってもたのしいかな?」

 

というと、

 

「1人ではつまんないかも。確かにこの島来て一緒に遊びに行く友達作るの大変だよね。よし、他の先生も誘ってみんなで行こう!その後は帰ってきてディナーだね。」

 

と言われ、「おお!優しい!」と思い、次の日が楽しみになりました。

 

ちなみに先週はダウンして一日中部屋の中にいたので、なおさら期待が高まります。

 

そしたら、その日の夕方ぐらいに

 

「いきなりちょっとこうゆうの頼むの変なんだけど、バイトの支払いが来なくて、大学の学費が支払えないんだよね。親とか親戚にも頼んだんだけど、ダメだって言われて。来週の月曜には絶対返すからかしてくれない。」

 

というメッセージが来ました。

 

おお

 

さあ、どうするか。

 

「今現金ないんだよね。ATMも使えるかわからないし、難しいかも。」

 

とやんわり断りました。

 

そしたら、秒速で

 

「じゃあ、一緒にATM行こう。私が教えてあげるよ。」

 

と言われました。その時は、自分はカフェにいたのですが、わざわざそこまで来るということ。

 

あんまり乗り気ではなかったものの、

次の日一緒に遊びに行くというのがネック

&給与の支払いが滞っていたのは事実

&大学の学費のため、

 

という理由のため、渋々了承しました。

 

フットワークが軽い&レスポンスが以上に早く(ここ大事)、すぐに自分のいるカフェまでわざわざ来ました。

 

そしてATMまで一緒に行き、1万5000円を手渡ししました。

 

この時、最悪お金が返ってこないかもしれないと覚悟をして渡しました。笑

 

「ありがとね。明日は2時くらいに行こう~。」

 

と言われ、少し町の案内をしてくれた後、家に戻っていきました。

 

土曜日

2時くらいに外出のため、それまでは家にいたら11頃に、

 

「一緒にいく先生から全然返信が来ない。これだったら二人でいくことになりそうだけど大丈夫?」

 

と言われ、「まあ、それでもいいだろう」と思い、その旨を伝えました。

 

そして、1時半前に、

 

「そういえばどこに集合する?」

 

とメッセージを送りました。

 

そしたら、

 

返信が返ってきません。

 

。。。。。

 

。。。。。

 

 

。。。。

 

そしたら、2時半ごろに、

 

「ごめん。お父さんの手伝いを急に頼まれて、日中は遊びにいけない。ごめん。だから、夜ご飯だけにしよう。」

 

と言われました。

 

おうおう。笑

 

そうゆうパターンね。笑

 

色々思うことはあるも、しょうがないなぁと思い、結局家にいてだらだらすることに。

 

そして、夜ご飯の場所の近くのカフェに行くことにしました。

 

ここから、返信が遅くなってきたことがポイントです。笑

 

「夜何時くらいがいい?」

 

と6時半くらいに聞かれ、

 

「7時半はどう?」

 

と返信しました。

 

そしたら、そのあと一向に返信が来ません。

 

7時半を過ぎました。

 

8時を回りました。

 

8時半を回りました。

 

。。。。。

 

。。。。。

 

 

返信はありません。

 

しかし、Facebookがオンラインなのです。笑(最近のFBは便利です。)

 

しかも、投稿をバリバリしてます。笑

 

確かにFBはみてるのには、メッセージは既読にならないという「わかりやす未読無視」です。笑

 

しかたなく、一人でご飯をたべその日は帰ることに。笑

 

ドタキャン&連絡無ドタキャンのダブルパンチを食らいました。

 

怒りの感情はあまり湧いてこないのですが、切なさをひしひし感じてました。

 

日曜日

アパートの人たちと、ビーチで一日シュノーケリング&ビーチバレーを満喫しました。

 

そしたら、携帯に

 

「昨日はまじでごめん。携帯お父さんの仕事場に置き忘れて連絡取れなかったの。。。ホントごめん、、、私本当はこんなドタキャンする人じゃないから。。。!」

 

と連絡が入ってました。

 

「いや、バリバリFB更新してたやん!!!」

 

と心の中で突っ込みをして、なぜこんな分かりやすい嘘をつくのかが謎でした。

 

そのメッセージにどう返信しようか迷っていたところ、返信するのを忘れて次の日「約束の月曜日」を迎えました。

 

月曜日

 

 

朝一番に、

 

「メッセージみた?土曜はごめん。お金は帰り、父さんが持ってくるからその時に渡すね。」

 

と言われました。

 

そして僕は正直ホッとしました。

 

なぜなら、「わざわざ自分からお金のことを話してきたから」です。

 

この日、「お金のことはまるで何もなかったかのように振る舞われるかもしれない」と思っていたので、朝一番にお金のことを言われたので、

 

「ああ、帰りには返ってくるんだ」と思いました。

 

そして、学校が終わるころに、その子に

 

「父親が来るまで、あと1時間くらいかかるみたい。この後、家まで届けにいくよ。あ、私そういえば明後日から本土に行かなきゃいけないの。」

 

と、言われました。

 

「これは、今日と明日やりすごしたら、その子逃げ切れるやつだ」

 

という疑惑が湧いてきました。

 

僕は学校の後はカフェに行く予定だったので、

 

「じゃあカフェにきてよ。」

 

と伝えて、別れました。

 

その後、カフェにいてもなかなか連絡が来ません。

 

3時間くらいたった後に、

 

「ごめん、お母さんが病院に入院して、付き添わなきゃいけなくて、今日いけるかわからない。」

 

おお。フラグが立ってきました。

 

・・・

 

この「登校中に妊婦さんに会って、助けてたので遅刻しました」というような話を聞いて、疑惑の念が湧きます。

 

その前に、「携帯を置き忘れてきた」というあからさまな嘘をつかれていたのでより一層疑ってしまいます。

 

なので、こちらから攻めていくことにしました。

 

「いくら遅くても大丈夫だから、今日家まで来て。現金が自分もなくなって、そのお金がないと学校にいけないんだ。今日返してくれるって言ったよね。」

 

と、理由をつけて返還を求めました。

 

時刻は8時を過ぎてましたが、これから家に本当に来るかは正直疑わしいですが、懇願をします。

 

そしたら、

 

「今日お母さんの付き添いを夜中ずっとしなきゃいけなくなった。明日絶対返す!!!」

 

と言われました。

 

火曜日

 

学校に行ってみると、、、

 

、、、、、、

 

そこには、彼女の姿はありませんでした。。。。。

 

。。。。。。。。

 

。。。。。。。。

 

その日は学校を休んだのです。。。。。

 

「まじか。。。。」

 

。。。。。。。。

 

彼女の逃げ切り成功です。

 

学校ではwifiが使えず、連絡をとれず、学校後カフェでメッセージを送りました。

 

「今カフェにいるけど、今日学校こなかったよね?」

 

と送りました。

 

もちろん既読はつきません。

 

。。。。。。。。

 

なんとなく途中から薄々感じてましたが、ショックです。

 

覚悟はしていたものの、実際にされるのは違います。

 

これはほかの先生に言ったほうがいいのか、どうすべきだろう。

 

んー。。。

 

なんか、怒りの気持ちよりも、悲しさのほうが強いです。。。

 

。。。。。。

 

。。。。。。

 

と、次の瞬間

 

「Mr. Masaki!!!」

 

と呼ばれ、その子がカフェに入ってきました。

 

手には封筒があります。

 

「はい、これ。遅くなってごめんなさい。」

 

と言われて、お金を返してもらいました。

 

!!!!!!!!!

 

返ってくるのか!!!!

 

もう既に諦めていたので、かなり嬉しくなりました!

 

「やっぱりなんだかんだ、人を疑うよりも信用することは大事」

 

「疑うことよりも信用したい」

 

と実感しました!!!

 

!!!!!!!!!

 

しかし、中身を見たら1万3000円程で2000円程足りません。

 

その子曰く、

 

「お金が足りなくて。。。残りの2000円は明日妹が学校に行って直接あなたに届けに行くわ」

 

と言われました。

 

「そうかそうか。」

 

とおもいながらも、大半のお金が帰ってきて喜んでいました。

 

「じゃあ、さようなら。色々ありがとう」

 

と言われ、彼女は本土(飛行機で2時間)に行ってしまいました。

 

水曜日

 

学校に妹は来ませんでした。

 

なんとなく、「来ないだろうな~」と思っていたのでまあ予想通り、という感じです。

 

いちおう

 

「妹今日来なかったけど、ほんとに来るの?」

 

とメッセージを送りました。

 

が、遅れません。

 

。。。。。。

 

。。。。。。

 

見てみると「このユーザーのページは見れません。」

 

となっています。

 

いきなりです。

 

????????

 

ネットで、調べてみると

 

「それはブロックされた状況」らしいです。

 

??????? ← 今ここです。

 

 

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子どもたちを分断する「柵」。そして僕と彼らの「見えない壁」

 

今日学校に行くと、

 

「生徒たちが学校の外に行って、印刷をしなければいけないから付き添いをお願いね」

 

と頼まれました。

 

この時間は完全に授業時間ですが、先生が必要な印刷物のために生徒たちは学校の外の離れた文房具屋に行かなければいけません。

 

「いや、授業時間に生徒使ってやらせることではないでしょ。」

 

というのが正直な感想ですが、そうゆうところがルーズなこの学校です。

 

徒歩5分くらいの文房具屋に来て印刷が終わるのを待ってました。

 

そうすると、目の前に公立の学校がありました。

 

f:id:Finalist7:20180306151820j:image

 

今自分が通っている学校は私立の学校ですが、実際の生徒はほとんど公立の学校に通っています。

 

学校の前には、ガードが立っています。

 

そして、施錠がされて外に出られないようになってます。

 f:id:Finalist7:20180306144336j:image

これは、生徒が学校から抜け出さないようにという施錠です。

 

まるで「監獄」です

 

そして、僕の学校の生徒が中の友達と話してました。

 

f:id:Finalist7:20180306144250j:image

 

僕の学校の生徒はもともとは、この公立の学校にいて、2年前に転校してきたらしいです。

 

彼は、

 

「この学校ではほとんど何も学ばなかった。生徒たちは授業を聞かず、先生もやる気がいない。」

 

と教えてくれました。

 

この生徒は幸運にも、スポンサー(支援してくれるアメリカ人)を見つけたため、現在は僕のいる私立の学校に通うことができました。

 

彼はこの、「柵の外に出る」ことができたのです。

 

しかし、多くの生徒はこの柵の中にいます。

 

この柵の外に出ることができないのです。

 

この柵はただの柵ではなく、彼らの人生の障壁です。

 

「柵の外にいる彼」と「柵の中にいる彼」はかなり異なる人生を送るでしょう。

 

まるで、この「柵」が彼らの世界を分断してるようです。

 

この柵が、「よい教育をうけることができる」かを決め、それが将来の彼らの仕事、収入、生活などを決きます。

 

この柵はただの柵ではないのです。

 

彼らの人生を分断する柵なのです。

f:id:Finalist7:20180306144250j:plain

 

そんなことを考えていたらもう一つ壁があるのに気づきました。

 

その壁は「見えない壁」です。

 

それは「自分」と「彼ら」の間にあります。

 

「写真を撮る自分」と「写真を撮られる彼ら」

 

「レンズを除く側」と「レンズの中の被写体」

 

この両者の立場は決定的に異なり、大きな壁がそこにはあります。

 

柵の「中の子」と「外の子」が異なるように、「自分」と「彼ら」の生活も大きく違います。

 

この壁を崩すことは可能なのか。

 

この壁をそもそもなくすほうがいいのか。

 

この壁を壊した先に見えるものはなんだろうか。

 

そんなことを考えた一日でした。

 

「自分の性格」は自分が思ってるよりも相対的である~2月の振り返り~

 f:id:Finalist7:20180301112611j:image

ホンジェラスで完全にダウンしてました。笑

 

初めての水深12mくらいのダイビングの後、夜なかなか眠れず、めまいを感じ、気分が悪くなり、次の日は一日中完全に家の中で寝て過ごすという日を送りました。笑

 

体調崩すのは2年ぶりくらいだったので、久しぶりに体調崩すと「健康」でいられることの有難みに気づきます。

 

でも、1日経つと忘れてしまうのですが、、、

 

そして、蚊と毎日戦ってます。

 

片足100匹以上に刺されたすえに、遂に、超強力スプレーを購入し、手足に振り掛けました。

 

超強力過ぎて人体にも悪影響が出ると聞いたのですが、結果は如何に。。。笑

 

そして、今日は2月の最終日(ホンジェラスではまだ2/28)なので、2月の振り返りをしようと思います。

 

2月の振り返り

 

2月は、ベトナム→ブラジル→アルゼンチン→ホンジェラスの4カ国を渡り歩いた生活。

 

この中で気づいたこと、感じたことは、「自分の性格、振る舞い、言動などは、ある程度は絶対的だが、かなり相対的である」ということ。時、物、状況によってそれらは変化するということ。そして、自分の“立ち位置”というものも環境とともに変わるということの再認識。

 

<ブラジル>

自分がブラジルにいる時、なぜか温かい空気を感じた。それはブラジルにいた時のホステルの人たちが非常に友好的で、温かく迎えてくれたのであるからという要因は非常に大きいだろう。また、ブラジルという国は人種的に非常に多種多様で、しかも多くの人種が平等に接せられていると感じた(かなり主観的だが)。これは、アメリカも様々な人種がいるが、人種ごとの階級がはっきりしていたのに比べ、ブラジルでは、ヒスパニックであろうが、アフリカ系であろうが、アジア系であろうが、平等に受け入れられた気がした。そんなホステルに滞在していた自分は、かなり自分の素を出すことができ、アホなことをしても受け入れられる安心感があったし、自分から積極的に声をかけて行くことを躊躇わず、この時の自分を形容すると"フレンドリーでオープン"だったと感じる。

 

<ホンジェラス(ロアタン島)>

この島は完全に白人が牛耳っている。お店を経営してるのも白人だし、観光客も白人。ビジネスをしてるのも白人で、現地の人は、ウエイターや料理人、クリーニングと低賃金の仕事に就くしかない。この島には、アジア系、アフリカ系は少なく、ヒスパニック系と白人で構成される。この二つの人種間の貧富の差は明確であり、一目瞭然である。この状況は非常にアメリカの状況と似ている構図である。白人層が社会を牛耳っていて、それ以外の人種は残りのパイを奪い合っている(アジア人は特殊なケースが多いが)。そういった白人に牛耳られているこの島でも、「日本人」というと多少の「尊敬の念」を抱かれることがある。これはやはり、上の年代が必死に努力して戦後の日本を立て直し、世界に名を馳せる経済大国となったり、「Made in Japan」のクオリティが常に担保されていたからだろう。ある日、お店でお代を支払わずに出て、慌てて戻ったが、「あなたなら帰ってくる気がしたわ」と温かく迎え入れてくれたのは、「日本人」という信頼があったからかもしれない。このように、他の国に行っても「日本人」と言えばある一定の畏敬の念を抱かれ、ポジティブな印象を抱かれるのは自分が持つ”プリビレッジ(特権)”であり、このプリビレッジはたまたま幸運にも日本人として生まれたから獲得したもので、自らの不断の努力の結果の末に獲得したものなどではない。と、この島でも日本人というと少なからずアドバンテージはあるものの、この白人に支配されたこの島は日本人の自分にとって、どことない「息苦しさ」を感じることがある。これはものすごく主観的なもので、こうゆう社会構造だと認知しているからこそ感じてしまうものかもしれないが、この「息苦しさ」はアメリカにいた時に感じたものと似ている。「息苦しさ」というこの半無意識的感覚は、「全然知らない場所にいきなり放り込まれて、他の人達の中に入れない」時に感じたり、また「自分以外全員が知っているが、自分だけ知らない話題について話され続けられる」といった一種の疎外感に似ている。そうした「息苦しさ」をどう攻略していくかを考えるのも面白いのだが、ともかくこういった空気は日本で自分が感じることが少なくなっていて、環境が変わるとその「息苦しさ」を体感する数が増減するというのを改めて感じた。そういった息苦しさを感じる状況にいる自分は、足が竦むことが多くなり"やや消極的"になっていると感じる。

 

 

ここから言えることは2つ。

 

1つ目は、「今の自分の立ち位置は今の環境にいるからであり、もし社会構造が変われば全く違う立ち位置になる可能性がある」ということ。

 

これは自分の行動、性格、社会的立ち位置は外的要因にかなり左右されていて、自分が思っているよりも絶対的ではないということ。また、今の立ち位置にいるのも、たまたまそのような社会構造だからであり、かなり"ラッキー"であり、かなり恵まれているのであり、それが当たり前ではないということ。自分の今いる状況は自分が頑張ったから当たり前といった必然性や因果性を感じてしまいがちだが、それよりも偶然性や非因果性を頭に入れる必要があること。

 

2つ目は、こういったことは「学校や教室でも全く同じ」であるということ。

 

クラスの中では元気のない子や、いつも怒られている子も「場」が変われば、水を得た魚のように目を輝かすかもしれない。教科が違ったり、やることが違ったら途端にやる気を出すかもしれない。また、学校の外だったらもっとイキイキしてるかもしれない。「教室」という場で見る子どもたちは、彼らの一面であって、一面でしかない。

 

こういったことは、以前にも何度か感じていたのですが、 いろんな国を回ってまた強く感じたので、文章に起こしてみました。

 

明日は学校行った後、ダイビングの資格を取ってきます!

 

 

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「当たり前のものがない」

 

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海外にいると「ない」という経験をします。

 

そうすると今まで「あった」ことのありがたみを感じられます。

 

よくないのは、温かいシャワーです。

 

スワジランドにいたときは「冬」でしたが、お湯が出ずに毎日水を電気ケトルで温めて水と混ぜていました。

 

ホンジェラスの今いるアパートでも最初の3日間はお湯が出ず、冷たい水のシャワーを浴びていました。

 

4日目に、ようやく「温かいシャワー」が出て、「いつも当たり前にあったもの」

の素晴らしさを噛み締めました。

 

そして、今ないのはwifiです。

 

家のwifiルーターが壊れていて、5日間ほどwifiが使えない状況です。

 

いつどこでも接続できたインターネットがない生活。

 

今まではないのが当たり前だったのに、いきなりなくなるとかなり不便に感じてしまいます。

 

しかし、「インターネット」を手にいれたら、SNSをすぐ確認して15分くらいには、「何しよっかな?」とあんなに求めていたインターネットで何するか忘れてしまいます。

 

「本当にインターネット必要だったんだっけ?」

 

と思わされます。

 

でも、やはりないとほしくなります。笑

 

不思議ですね。笑

 

あとは、いつも食べ慣れていた「食事」もなくなります。

 

他の国で食べる「食事」は美味しいものも多いです。(そうではないのも多いですが)

 

しかし、帰国した後に食べた、「家のごはん」は衝撃的でした。

 

自分の求めている

 

「これだ!!!」

 

という味がそこにあるのです。

 

「おふくろの味」の威力は半端ないです。笑

 

あと、「気軽に会える友達」も「ない」です。

 

日本ですぐに会えた友達や何気なく遊んでいた友達も外にいくと「ない」です。

 

その場にいると「当たり前」になってしまいます。

 

「ありがとう」の対義語は、「当たり前」らしいです。

 

「当たり前」だったのが、急になくなり「ありがたみ」を感じます。

 

昨日は、今までになく衝撃的な「いつもあるもの」がなくなる体験をしました。

 

それは

 

「空気」

 

です。

 

いつも当たり前に、無意識に感じている「空気」がないという感覚。

 

ものすごく不思議な感覚で、すぐ息が切れて、「空気がほしくなりました。」

 

過呼吸」気味になったり、

いつもより疲れたり、

不安になったり、

 

全く新しい気分でした。

 

おかげで、普通にしている時も「空気」について少し敏感になりました。

 

、、、、、

 

今日も、ダイビングに行ってきます!

ホンジェラスの学校で気づいた英語教員として自分にできること

 

 

今日は遂にホンジェラスの学校に行ってきました。

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海辺に接している学校です。

 

ホンジェラスの学校と言っても、島の私立のインターナショナルスクールなので、ホンジェラスの平均的な学校ではありません。

 

親が私立に通わせるお金があるか、又はスポンサーを受けている子どもが通ってます。

 

スポンサーを受けているとは、アメリカ人から支援されて学校に通ってるということです。

 

見ず知らずの人が、他の国の子どもの学費を払うとは日本にはあまりない文化なのでなんだか不思議な感覚です。

 

そんな学校で約3週間ボランティアをします。

 

僕が考えたこの期間のテーマは

 

「生徒に異文化を体感させる」

「英語を英語で教える練習をする」

 

です。

 

「生徒に異文化を体感させる」

 

は、自分が日本人であるからこそできることで、生徒が他の文化を知り、彼らの世界が少しでも広がればいいなと思います。

 

学校にもちろん日本人はいませんし、島で日本人にもまだあってはないので、おそらく日本人は1人だけです。笑

 

ホンジェラスの文化とは異なるバックグラウンドを持つ人と身近に接することで、生徒たちが異文化を知り、少しでも新たな知識や新たな思考方法を獲得できたら良いなぁと思います。

 

もう一つのテーマは、

 

「英語を英語で教える練習をする」

 

ことです。

 

学習指導要領には、原則英語の授業は英語で行うと示されてますが、自分は日本語で英語を習ってきたので、いまいちしっくりこないところもあります。

 

なので、インターナショナルスクールという「英語で教え、英語で学ぶ環境」で、どう子ども達が英語を学んでいるか見てきたいと思います。

 

 

 

 

早速学校にいくと、子供達が

 

「新しい人がきた!」

 

という興味津々な眼差しを向けてきます。

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このパターンは、アメリカ、スワジランド、インドと経験してきたのでもう慣れました。笑

 

教室で日本について少し紹介してくれる、というこれもまたお決まりのことを言われたので、

 

今まで何度もしてきたように

 

日本の地理や気候、食べ物、言語などをさらっと紹介します。

 

その後は、一対一で英語の個別指導をしました。

 

生徒は他の学校から転校してきたばかりの6年生の女の子。

 

両親が彼女にもっと英語を勉強してほしいと思ったため最近転校してきたようです。

 

他の公立の学校ではスペイン語で教えられるため、彼女は英語はあまり得意ではない様子。

 

先生は、

 

「英語の文法の指導をしてほしいけど、それよりも英会話をしてあげて。彼女はなかなか英語で話そうとしないから」

 

と僕に伝えました。

 

なので、僕は彼女と個別授業をする時に、

 

スペイン語はわからないから、英語で話してね。じゃないとわからないからね。」

 

と言いました。

 

彼女は半強制的に、英語を使わなきゃ行けない状況に置かれました。笑

 

普段の授業では先生や周りの生徒がスペイン語を分かるため、英語を最悪話さなくても意思疎通ができるみたいですが、僕と2人の時は英語で話さなければいけません。

 

この状況こそ、

 

「英語を使わなきゃ行けない本物の場」

 

だなぁと思いました。

 

「言葉が言葉として機能する。」

 

「言葉を話す意味がある。」

 

「言葉を通じて、気持ちや意思疎通を図る。」

 

そんな状況があり、その場こそ言語を使う最適な場だと思います。

 

そういった状況で僕と生徒は英語でやり取りをしました。

 

そして、あまり普段話さない彼女に、「自信をつけさせること」セーフティーネットを張る」ことを意識して英語を話させるようにしました。

 

「自信をつけさせること」

 

「自分は英語を勉強し始めたのは彼女よりもずっと遅かったこと」、

 

「彼女の英語力はその年齢の自分の英語力より大幅に上回ってること」を伝え、

 

このまま勉強して行けば絶対に大丈夫だよと伝えました。

 

また、「セーフティーネットを張る」というのは、

 

間違えたり上手く説明出来ないことを受け止め、肯定してあげるということです。

 

誰でも最初は話すのを難しいということに共感してあげて、上手く説明出来なくてもじっと話を聞いてあげました。

 

その結果最終的には、かなり自分のことを英語で話してくれたり、たくさんの質問を僕にしてくれました。

 

生徒がチャレンジできるようにするには、「失敗しても安心である場があること」が必要である思います。

 

また、自分は彼女の状況が痛いほどわかります。

 

話したくても話せない、周りができるけど自分はできない、

 

そんな状況に自分もいたので、彼女の葛藤がよくわかります。

 

バイリンガルやネイティブスピーカーではない自分こそができるのは、こういった同じような立場にいる生徒を助けることかなぁと思います。

 

英語教員になってできることはこんなことだと思ってます。

 

1日目の振り返りでした。

 

 

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ホンジェラスで彼に騙されに「いき」ました。。。騙す彼は悪人か? 

 

アルゼンチンから一転、現在ホンジェラスのロアタン島にいます。

 

ホンジェラスはここです。

 

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そして、ロアタン島はここです。

 

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この島はきれいな海で、安くスキューバダイビングの資格が取れることで有名です。

 

僕はこの島の学校で三週間ボランティアをするのですが、今日は休みなので早速海に行ってみました。

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海の水は透き通るほどきれいです。

 

そして、海の水はしょっぱいのだなぁと久しぶりに感じました。

 

海で泳ぐのは久しぶりです。

 

海で泳ぐの楽しい!!!!

 

楽しい!!!!

 

楽しい。。。。

 

。。。。。

 

のですが、30分ほどで飽きてしまいました。笑

 

なぜなら、一人だからです。笑

 

いくらきれいなビーチだからといって一人だと寂しいものです。

 

そこでしばらくぷかぷかしていると、現地の人が一人でいるのを見かけました。

 

彼も一人で海で泳いでいました。

 

なので、僕は

 

「少し奥のほうまで泳ぐのは危険?」

 

と話しかけました。

 

ポイントは、僕から話しかけたことです。笑

 

自分からいきました。

 

そしたら、彼は英語を話さなくスペイン語で返答してきます。

 

よくわからないですが、なんとなく会話をします。

 

僕は、あいさつ程度のスペイン語しか話せないですが、多くの単語がフランス語と近いため、なんとなく会話ができます。

 

何を言ってるかわからないこともかなりあります。笑

 

この何を言っているかわからない感覚というのは久しぶりな気がします。

 

英語を使えるようになってから、いろんな人と話せるようになって

 

「相手の言ってることがわからない」

 

という感覚が少なくなってきました。

 

なので、「相手が何を言っているかわからない感覚」というのは久しぶりでした。

 

そんな中で、少しでもコミュニケーションが取れた瞬間はうれしいものです。

 

その、「意思疎通ができた瞬間」が楽しいなぁとつくづく思います。

 

そんなことも思いつつも、彼が延々と20分くらい話し続けると、意味が全然わからなくなってきたので、

 

「ヴァモス(Vamos)!」

 

と知っている数少ない単語を言いました。「Let's go!」という意味です。

 

そして、一緒に泳ぎました。

 

海岸からできるだけ遠くまでいきました。

 

そこで、彼は水の上で寝ました。

 

水の上で寝るというのは、水の上でぷかぷかするというものです。(表現が拙くてすいません。笑)

 

彼は簡単にやりますが、「水の上で寝る」というのが難しく僕は体が沈んでしまいます。

 

体の力を抜いて、手を横に伸ばして、体を海に授けます。

 

30分くらい格闘して、体をまっすぐするように意識するとちょっとできるようになりました。

 

「水の上で寝る」というのはまるで海と一体化する感覚大自然を全身で感じられます。

 

その後は、海の上にあった使われなくなった小型の船にも乗り込みました。

 

船には飛び込む台があり、そこから海へ飛び込んだり、海辺でカニをいっしょにさがしたしりました。

 

地元の人と仲良くなるとそこでしかできない体験ができます。

 

南国を楽しんでます。笑

 

そう思ってました。

 

 

おなかがすいたので

 

「おなかがすいたポーズ」と

 

さむかったので、

 

「寒いポーズを」

 

してました。

 

僕はシャツを着ていなかったので、

 

ショップに連れて行ってもらい800円ほどのTシャツを買いました。

 

そしたら、一緒にいた彼が服を選び始めて

 

「俺はこれがいいなぁ」

 

と体で表現しています。

 

彼はお金はもっていません。

 

しかし、その服を着てそのまま店を出て行こうとします。

 

そうするとお店の人が

 

「買うならお金を払ってね。」

 

と当然のことを言います。

 

そしたら彼は僕のほうをじっと見て、何かを訴えています

 

この展開はまさか、、、

 

お店の人も僕のほうを見てきます、、、

 

、、、、、、、

 

、、、、、、

 

出た言葉は

 

「Sure...」

 

でした。

 

800円払いました。

 

彼は嬉しそうにしてます。笑

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僕の笑顔はひきつっています。

 

そして、おなかが減っていた僕を、レストランンに連れて行こうとします。

 

彼は高そうなレストランに連れていこうとします。

 

この後の展開はだんだん読めます。

 

また僕が払うパターンです。

 

ここで、「もう帰る」ということもできました。

 

しかし、それもなぁと思い、一番安そうなレストランで200円ほどの食事を2人前頼みました。

 

このぐらいならいいだろうと思いましたが、

 

彼はちゃっかりファンタも注文しました。笑

 

もちろん、彼は払いません。

 

もちろん、僕が払います。

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彼は満足そうです。笑

 

僕はかなり複雑な気持ちです。

 

友達になれたと思ってたら、「お金」が絡んだ瞬間に二人の関係は友達ではなくなってしまったからです。

 

この瞬間に

 

「お金を払う側」「お金を払われる側」

 

という新たな関係になってしまいました。

 

これは、二人がもう対等ではなくなってしまったということです。

 

現地で早速できた友達だと思っていたのに。。。

 

また明日も一緒に泳げるかなぁと考えていたのに。。。

 

彼と話すために、スペイン語をがんばろうと思っていたのに。。。

 

残念です。。。

 

しかし、彼を一方的に責めることもできなく、それがまたもどかしいです。

 

 「お金を払わせるなんて彼は悪い奴だ」

 

と言うのは簡単ですが、その裏には様々な問題がありそうです。

 

彼が悪い人にはどうしても思えなかったこと。

 

彼をそうさせる環境、取り巻く状況、社会構造。

 

島にいる多くの貧しい人と、移住してくる裕福なアメリカ人や移民。

 

島に「自分は訪れる側」、そして「彼は訪れられる側」という「差」

 

仕方がないという言葉では片づけられないですが、そういった様々な要素を含めて考えるとやはり「彼が悪い」とは僕は思えないのです。

 

そうすると何が悪いのか、何が正しいのか、という葛藤に苛まれます。

 

ホンジェラスの初日はこんな一日でした。 

 

 

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