日本人は1人だけ!アメリカの大学で教育を学んでみる

日本人は1人だけ!アメリカの大学で教育を学んでみる

休学してアメリカのリベラルアーツカレッジで教育を学ぶ学生。アメリカ留学2年間終了後、アフリカに行き、インド、南米の学校で働いてた。多くの教育関係者、海外に興味を持った方に読まれるブログを運営中。

ミャンマーのど田舎でバイクが動かない。。〜ミャンマー3日目〜

3日目はバガンに向かいました。

 

バガンヤンゴンの北にある都市で、古い寺院や仏教の遺跡が集まっています。

 

日本の京都的な存在で、世界三大仏教遺産のひとつとされている都市です。

 

飛行機で1時間ほどで到着し、早速遺跡巡りをしました。

 

遺跡ツアーもあったのですが、ツアーだと受動的になってしまうので、自分で散策することにしました。

 

ここでは、自転車やe-bike(電動バイク)を借りて、遺跡をめぐることが一般的です。

 

初の電動バイクでしたが、「すぐできるよ!」と言われたので、挑戦してみました!

 

運転するのは簡単で、すぐさま乗りこなせるようになりました。

 

シュエジィ―ゴン・パヤーやアーナンダー寺院などを巡りました。

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そして、土産品をみていると「Japanese money!」と言われました。

 

また日本のお金がほしいのかな?

 

と思っていたら、なんだか違うようです。

 

お札を見せてきました。

 

そして、そこには「Japanese Government」という文字が。

 

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実はこれ、日本がミャンマーを占領していた時のお札なんです。

 

1942年から1945年までの三年間だけですが、ミャンマー(当時はビルマ)を日本が占領していました。

 

恥ずかしながら、この歴史は自分は今まで知らなったです。

 

しかし、現地にいるミャンマーの人たちは当たり前ですが知っています。

 

どの歴史的事実を知っているか、

どの視点で歴史的事実を知ってるか、

 

というのは国によって変わるのだなと再認識しました。

 

このことはアメリカ留学していた時にも感じました。

 

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日本では、敗戦のことを詳しく習いますが、日本が他の国にした悲惨なことはあまり深く学びません。

 

違う国に行くと、違う国の視点から日本を見ることができてやっぱり面白いです。

 

記念にこのお札を買って、今度の授業でこの話をしようと思います。

 

教員になって旅をする面白いことは自分が学んだことをそのまま生徒に伝えられることです。

 

新しい学びを自分だけに留めておくのではなく、それを次世代の子どもに伝えられるのは教員をしていて楽しいことの一つです。

 

遺跡を一通り見終わった後、バイクでブラブラしていると「Orphanage」の文字が。

 

 !!!!

 

孤児院だ!!

 

一度通り過ぎた後にまた戻って、建物の前でうろうろしていると、

 

「中に入りたいなら、聞いてあげよっか?」

 

と親切にも地元の人が声をかけてくれました。

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「ぜひ!」

 

と言って、入らせてもらいました。

 

入らせてもらった後は、案内などは特にないので、外で話している子どもたちのところに言ってミャンマー語で話しかけてみました。

 

「ミンガラーバ」

 

「・・・・・・・・」

 

恥ずかしいのか何も反応してくれません。

 

どうしようかなと思ってたら、

 

「How old are you?」

 

と聞かれました。

 

!!!!!!

 

英語!!!!

 

思ってもいなかったのでびっくりしました。

 

英語を孤児院で習ってるみたいで、少しの会話ができました。

 

そしたら、「サッカー好き?」と聞かれて、一緒にサッカーすることになりました!

 

「一緒に15回頑張ろう!」と目標を決めて、みんなでリフティングをしました。

 

20分くらいしたら、15回無事に達成することができました。

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英語

サッカー

 

どちらも世界共通だなぁと再認識しました。

 

塔に向かう途中でアクシデント

 

その後は、夕日を見にバガンで一番高い塔に向かいます。

 

電動バイクをブンブン走らせていました。

 

夕暮れが迫っていたので、細い抜け道を走っていたら事件が起きました。

 

だんだんとスピードが遅くなっていったたのです。

 

これはまさか???

 

メーターは最速で42kmだったのが、

 

だんだんと35、30、25、20、15と下がっていきます。

 

しまいには時速10kmまで落ちてしまい、歩いてるのと同じスピードになってしまいました。。

 

このままのスピードでは夕暮れに追いつかない。

 

 

この電動バイクを押して頑張るか。

 

しかし、バイクが重くて全然動かない。

 

バイクを置いて走り去るか。

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どうする。どうする。

 

バガンの夕暮れは絶対に見たほうがいい」と散々言われました。

 

このままでは見れないかも知れないと焦る一方で、刻一刻と迫る日没。

 

どうする。どうする。

 

そんな時に、1人の女神が現れました。

 

のてはなく、1人のオランダ人男性が後ろからきて

 

どうしたんだい?

 

と声をかけてくれました。

 

「バイクのバッテリーがなくなってしまって、動けないんだ。」

 

というと、

 

「じゃあ後ろに乗っていきなよ。バイクは場所を知らせて後で取りに来てもらいな」

 

と言ってくれました。

 

!!!!!!!

 

やはり女神でした。

 

こんな漫画みたいな展開で、後ろに乗っけてもらい無事に塔に到着。

 

日没前にギリギリ間に合いました。

 

そして、塔からみた景色がこちら。

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バガンの遺跡が夕日に照らされてれています。

 

綺麗なのはもちろんなのですが、一難乗り越えた後にみる景色は格別でした。

 

帰るときに「助けてくれてありがとう!」とオランダ人にお礼を言うと、

 

「楽しい冒険だったよ!」と言ってくれました。

 

「起こることすべてをポジティブに捉える考え方」

 

素敵だなと思いながら、ゲストハウスに戻りました。(ちなみに電動バイクは帰りに少し動くようになったのでのろのろと乗って帰りました)

 

ゲストハウスにつくとインタビューを再開です。

 

観光もしますが、インタビューももちろんしています。

 

共有スペースに行ってみると、ミャンマー人の人たちが集まっていました。

 

完全にアウェイですが、勇気を出して部屋に入ってみました。

 

「インタビューをしたい!」 

 

 というと、快諾してくれました。

 

バガンに旅行にしに来ていて、同じ教会の知り合いみたいです。

 

ミャンマーの人たちは仏教徒が多いですが、キリスト教の人たちも少数いるみたいです。

f:id:Finalist7:20190106200229j:imageなぜ旅行にしているのか、

普段どんなことをしているのか、

将来何をしたいか

 

などを聞きました。

 

インタビューの後、「UNOしない?」と誘ってくれて、一緒に1時間ほどUNOしました。笑

 

12時を回り、

 

「そろそろ明日の朝日を見に行かなきゃいけないから寝るね」

 

と言ったら、「1人で行くの?私たちも一緒に行くよ!」

 

と声をかけてくれました。

 

ミャンマーの人はものすごく温かくて、仲間が1人でいるとすぐ助けるみたいです。

 

1人で行くつもりだったので、一緒に行く仲間を見つけることができて嬉しかったです!

 

1人旅をするのは好きなんですが、きれいな景色を見た感動はやっぱり誰かと共有したいんです。笑

 

勇気を振り絞って声かけてインタビューしてよかった!

 

と思いました。

 

次の日は4時半に起きてみんなで行こう!ということになりました。

 

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今日は31人にインタビューしました。

【100人インタビューまで残り24人】

 

ミャンマーの孤児院で感じた日本の部活の意義

 

1/1から1/6まで6日間あるように見えますが、1/1の夜に日本発で、1/6の早朝に日本につきます。

 

ということは、実質4日間しかいない。

 

いや、丸々4日間もいないのです。

 

それで、100人にインタビューって。。。

 

と気づいてしまった時にはもう遅し。

 

1日25人のペース。

 

1日目終わった時点で10人。

 

やばい。。。。

 

ペースをあげなければ。。。

 

と思いましたが、意外に言葉が通じる人を探すのが大変なんです。

 

どうしよう、、、

 

と考えていた時に、昨日インタビューしたマーケットの英語を話せる女の子がヤンゴン大学に通っているというのを思い出しました。

 

ヤンゴン大学の学生にインタビューできるかもしれない!

 

と思い、ヤンゴン大学に向かいました。

 

学生っぽい人を見つけたらすかさずインタビューです!

 

躊躇っている余裕などありません。笑

 

突撃していろいろ聞いてみました!

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そうすると、「将来は先生になりたい!」と言っている人が多かったです。

 

よくみたらそこは教育学部でした。

 

しかし、英語があまり通じずインタビューも難航したので場所を変更することに。

 

隣の建物に向かったら、文化祭をしていました。

 

「中に入って大丈夫だよ。」

 

と英語で教えてくれた人をすかさずインタビュー。

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しかし、文化祭で英語を話せる人を見つけるのも容易じゃないです。

 

ということで、英語が使えそうな国際関係学部の建物に向かって行きました。

 

国際関係学部は少し離れたところみたいなので、

 

「こっちであってる?」と道行く人に確認しながら向かっていると、

 

「そっちには他に、Foreign Studies Department(外国語の学部)があるよ。私は今そこに向かっている」

 

という新たな情報をゲットしました。

 

Foreign Studies Department(外国語の学部)ということは、英語を勉強してる人が多くいるかもと思い、

 

行先を変更!

 

ついでに、

 

「あなたは何語を勉強してるの?」

 

と聞いたら、

 

「日本語です。」

 

という返事が。

 

日本語!!!!!

 

たまたま、ミャンマーで話しかけた人が日本語を勉強してるなんて!

 

自分は日本人だよ!!と言うと、テンションが上がってました。笑

 

こうゆう思いがけない偶然があるから旅って面白いなとつくづく思います。

 

そのまま案内してもらうと、他にも日本語を勉強している生徒がたくさんいたので、すかさずインタビューをしました。

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なぜ日本語を学んでいるのか?

日本の好きなところはどこか?

 

などなど

 

また、大学を休学してミャンマーで日本語を教えているという日本の学生にも出会いました!

 

まさかミャンマーこんなに日本に関係している人とあえるなんて思ってもなかったので、感激でした!

 

午後は、Japan Heartという日本のNGOが経営している孤児院に行きました。

 

ヤンゴンの中心から郊外に30分くらい車で行ったところにありました。

 

この孤児院には現在130人くらいの子どもが衣食住を共にしています。

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この孤児院は募金と日本人の里親からの寄付で成り立っているそうです。

 

施設を案内してもらった後、サッカーを子どもたちとしました。

 

ミャンマーで人気のあるスポーツはサッカーで、お店のテレビではぼぼサッカーの試合が流れています。

 

普段サッカーを教えているので、一緒にサッカーをしながら子どもたちの様子も観察しました。

 

その時に気づいたのが、技術の高い子どもが多いということです。

 

毎日ボールで遊んでいる成果なのか、器用なタッチやドリブルをします。

 

しかし、「チームとしてサッカーをすることは難点である」と感じました。

 

一応遊びのサッカーだったのですが、個人技中心でプレーをして、チームとしてサッカーをする子どもは少なかったです。

 

まあそれもそのはず、彼らは本気でサッカーをするという環境がないのです。

 

本気でサッカーをした経験がおそらく少ないのだと思います。

 

日本だとクラブチームや部活がありますが、この孤児院にはそういった環境がありませんでした。

 

部活などは、チーム一丸となって全力で1つの目標に向かいます。

 

遊んでたり、気を抜いてたら怒ってくれる先生がいます。

 

しかし、彼らが知っているサッカーは遊びのサッカーでしかなく、本気でやるサッカーをしたことがないみたいです。

 

全員で走る、

全員でカバーをする、

声を掛け合う、

戦術を理解する、

助け合う

 

といったことをしっかりできるようになったら、もっとサッカーが上手くなると思いました。

 

また、本気でもしサッカーをすれば、努力の大切さチームワークの重要性など、サッカーを通じて生徒はたくさんのことを学ぶことができます。

 

そういった環境が、誰でもほぼ無償で受けれる日本の教育はある意味、貴重なのかもしれません。

 

最近、部活動は批判されることが多いですが、部活の意義をミャンマーの孤児院に来て再確認しました。

 

普段当たりまえにあるもが「ない」環境に行くと、そのありがたさが身にしみて感じます。

 

他の国に行くと「日本では当たり前ではないことが多い」ので、気づきも多いのだと思います。

 

 

孤児院でインタビュー。

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帰ってきてホステルでもインタビュー。

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夜ご飯のあとにもインタビュー

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今日は頑張って35人にインタビューしました!

 

【残りは55人】

 

実際にこんな記事を書きました!!!

 

 

 

インタビュー開始!~ヤンゴン散策 1日目~


他の国に行くとき気をつけなければ行けないのは衛生面です。

 

食べ物や水に特別な注意を払わないとすぐにお腹を壊してしまいます。

 

友達に、

 

ミャンマーでも屋台の食べ物は絶対食べちゃダメだからね!」

 

と言われました。

 

ですが、気づいたら手に持ってたのはこれ。

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なんか空港の外でおばあちゃんが売ってて、美味しそうだったので買ってしまいました。笑


やっぱり美味しかったです。

 

今まで行った国で食べ物や飲み物で当たったことないから大丈夫だろうという変な自信があります。笑

 

その後はホステルに行き、アウン=サンマーケットに行きました。

 

向かう途中に、歩いてるお兄さんさんが笑顔でこちらの方を見てきました。

 

笑顔を返すと、

 

「どの国から来たの?」

 

と英語で話しかけてきました。

 

普通に街中で歩いてる人が英語で話しかけてきたので少しびっくりです。

 

「日本だよ。どうして、英語を話せるの?」

 

と聞くと、

 

「寺院で教わったんだよ。」

 

と言ってました。

 

寺院で英語を習って、会話できるくらいになるなんて、日本では考えられないですね。

 

話を聞くと、服を売る仕事をしていて、これからお祈りに行く、とのことでした。

 

「マーケットに行くなら案内してあげるよ」

 

と言ってくれました。

 

なんと優しい人!!と思ってインタビューをしながら一緒に歩いていました。

 

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男の人がほっぺたに塗ってるのは「たなか (Thanaka)」と言うものです。

 

化粧や日焼け止めとして使われます。

 

マーケットの近くについて、

 

「ここだよ!My friend!」

 

と言われて、

 

「じゃあね!ありがとう」

 

と言うと、

 

「おいおいちょっと待ってくれ!」

 

と言われました。

 

「ん?」

 

というと、

 

「俺は日本のお金を見たことないから見せてくれるか?」

 

と言ってきました。あいにく、日本のお金は持ってなかったので、

 

「ごめん、ないんだよ。」

 

と答えると、

 

「じゃあお金をくれ」

 

と、ダイレクトに言われました。笑

 

まあ、なんとなく予想していた展開ですが、

 

「いやいや、そんなの聞いてないよ」

 

と言うと、

 

「案内してあげたんだから当然だろ。」

 

といきなり、プンプンし始めました。

 

あの優しさには裏があったのか。。。

 

と残念な気持ちになりましたが、このやり取りは今まで旅をしている時に何回もしてきました。

 

お金はあげないよ

 

と言ってサラッとかわしてその場を去りました。

 

このお金を求められる問題は旅してると必ず直面する問題です。

 

「お金を求める彼が悪いのか」と前にホンジェラスにいた時に書いたのでご覧ください。

 

 

 

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マーケットに行くと、男の子が流暢な日本語で話しかけてきました。

 

「お兄さん、何探してるの?」

 

 

これは、典型的な客引きです。

 

子どもが話しかけ、気を許して最後は物を買わせる。

 

典型的なパターンです。

 

しかし、現地の子どもと話してみたいと思ったため、あえて返事をして彼に着いてってみました。

 

客引きだから相手にしない、っていう考えもあるんですが、相手にしなければコミュニケーションのチャンスを失ってしまうんですね。

 

なので、今回の旅では話しかけられた人に出来るだけ反応して、話してみようと思いました。

 

彼はマーケットを知り尽くしていて、どこに何があるのかを案内してくれました。

 

「どうして日本語をそんなに話せるの?」

 

と聞いたら、

 

「ボスが日本人なんだよ。ボスから日本語を勉強した!毎日使ってるから話せるならよするの簡単だよ」

 

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と教えてくれました。

 

言語を学ぶ時どれだけ使うか、って非常に大事ですね。

 

そして、最後にお菓子を買ってしまいました。

 

客引きだとわかっていましたが、色々説明してくれたので、そのお礼にと思い買いました。

 

お金をくれと言われるとあげたくないけど、何も求められないと何かお礼をしなければと思ってしまいます。

 

返報性の原理ですね。笑

 

その後は友達と一緒に散策したり、

 

マーケットの人にインタビューしたり、

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ホステルの人にインタビューしたりしました!

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夜には一番有名なシュエダゴン・パゴダに行ってきて1日目終了です!

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今日は10人にしか聞けなかった。。

 

明日頑張らないとです!!

ソウル→バンコク→ミャンマーへ


出発の1ヶ月半前くらいにチケットを買ったのですが、時期やタイミングで航空機往復代12万円かかりました。

 

それでも、乗り換えがソウルとバンコクの2回あります。

 

そして、Jin Airという韓国の飛行機はLCCでした。

 

97%の韓国人に囲まれて出発!!

 

完全なアウェイですが、それが旅の醍醐味。

 

数少ない日本人を見つけてはなぜか少しホッとする韓国のインチョン空港。

 

19:00に出発だったので「夜ご飯出るかな〜」と思ってましたが、その予想を見事に裏切られて、水と軽いツマミしか出ませんでした。

 

なので、10時過ぎの空港でサムギョプサルを堪能。

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タイ行きの飛行機に乗ります。

 

さっきは、97%が韓国人でしたが、今回は80%がタイ人です。

 

こうゆう状況だと、今度は日本人に近い韓国人に親近感を感じます。

 

少しでも似たような人をついつい探し求めてしまう、という人間の性質ですね。

 

そして、無事にバンコクに朝の4時に着き、6:45にミャンマー行きの飛行機に乗ります。

 

バンコクからミャンマーに向かう飛行機で隣に座る男の子とお父さん。

 

男の子が笑顔でこっちを向いてたので、話しかけてみたら、

 

英語が話せる!

 

ちなみにお父さんは少ししかわからないので、8歳の男の子が通訳をしながら3人で会話をした。

 

その子は5歳からインターナショナルスクールに通っていて、8歳の現在ではとても流暢に話します。

 

日本の写真や文字を見せたら、食いついてきました!

 

また、今教えている中2の教科書を見せたら、全部発音でき、バッチリ単語と意味を理解できていました。

 

最近、大人は話せないけど子供や若者は英語を話せるというケースを多く見かけます。

 

時代が変わって来てる証拠です。

 

ということで、記念すべき最初のインタビューは彼に決まりました!

 

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日本とミャンマーどっちがいい?と思うという質問には

 

自信を持って、「ミャンマーに決まってる!」と答えてくれました!

 

これからどんどんインタビューしていきたいと思います!

 

インタビュー動画はまた後日公開したいと思います!

チリの学校に突撃訪問してみた

 

マチュピチュの後はチリの首都サンチアゴに向かいます。

 

チリのサンチアゴには友達がいたので、その友達の家にホームステイしました。

 

その家で朝目が覚めると、何やら子供の声が外から聞こえます。

 

よく見ると、そこにあるのは学校でした。

 

学校!

 

行くしかないですね。

 

なぜって、 そこに学校があるからです。

 

ということで、学校に行ってみましたが当然柵に囲まれて中に入れません。

 

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うろうろしてると、先生らしき人を見つけたので話しかけましたが、彼らはスペイン語を話すので話が通じません。

 

「こいつ変なやつだ」と思われて行ってしまい、せっかくのチャンスを逃してしまいました。

 

英語が通じないと話にならないので、次の作戦を考えました。

 

名付けて、「学校の英語の先生を呼ぶ大作戦」です。

 

学校には少なくとも1人は英語を話せる人がいます。

 

それは「英語の先生」です。

 

なので、英語の先生を呼ぼうと、掃除のおばちゃんに片言のスペイン語とボディーランゲージで

 

「英語の先生をここによんで」

 

と言いましたが、 僕のことを不審に思ったのか、

 

「NO!!! 」と強く言われてしまいました。

 

 

NOか。。。。。。。

 

ってか、まぁ当然と言われれば当然なのです。

 

いきなり自分の中学校に、地球の裏側から来た人が中に入ろうとしていたら、入れてくれないてすよね。笑笑

 

でも、ここで粘るのが僕です。笑

 

しばらくすると子どもたちが来たので、子どもたちに話しかけてみたら、子どもたちは興味深々です。

 

「こいつは何者なんだ」という目でみてきたので、

 

「英語の先生を呼んで」

 

というと「わかった!」 と言って校舎の中に戻って行きました!

 

しかし、彼らは行ったきり戻って来ませんでした。。。。。

 

。。。。。。。

 

そうしてしばらくすると、今度は保護者が校舎の中に入ろうとしてました。

 

保護者の来校のためにゲートが開くと、保護者に

 

「あなたも入りなさい」

 

と言われました。

 

「え、僕もいいんですか? 」みたいなマヌケな顔をしてると、

 

「英語の先生が必要なんでしょ。呼んであげるわよ。」

 

と言って、中に入れてくれました。

 

保護者強し。笑

 

しばらくしたら、英語の先生が来ました。

 

そして、

 

「あなたは何をしたいの? 」と言われ、

 

「 自分は日本の英語の教員です。(まだですが、めんどくさいので英語の教員だと言いました笑)。世界各国の教育現場を見て回って、世界の教育や学校について学んでる。この学校の中も見させてくれますか? 」

 

と言いました。

 

「うーん。」みたいな顔をして、反応はなんか微妙そうです。

 

なので、

 

「あと日本の文化や日本のことを紹介できるよ。 」

 

と、いつも日本の紹介の時に使っているパワポを見せたら、その先生は「進撃の巨人」の写真食いつきました。笑

 

「私も日本の文化好きなのよ。校長先生に聞いて見るわ。ここで待ってて。 」

 

と言ってくれました。

 

進撃の巨人は海外でもかなり人気で、その先生もファンだそうです。

 

営業成功です。笑

 

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そこで、しばらく待ってると先生が帰ってきて、

 

「校長先生はYesと言ったわ。 」

 

と伝えられました。

 

Yes!!!

 

いいらしいです。

 

但し、明日また来てほしいとのことなので、明日来ることになりました。

 

「日本のことをぜひ紹介してほしい。パワポやプロジェクターもあるわよ。」

 

と言われたので、俄然やる気になって学校を後にしたのでした。

 

いやー、なんか機会って創り出すものなんですね。 って改めて思いました。

 

「いきなりきた人をすんなり学校入れてくれるなんてセキュリティ大丈夫か」

 

と思うよりも、

 

僕のことを信じてくれて中に入れてくへた先生方に感謝です。

 

その後はプラプラと街を歩きました。

 

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一緒に丘を登ったペルー人のおっちやんと。

 

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って事で明日は学校に行くことになりました!笑

 

 

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マチュピチュを見るために立ちはだかった2つの試練

 

マチュピチュリベンジのために朝6時半に起きました。

クスコからマチュピチュまでは6時間バスに乗った後、3時間徒歩で「アグアス・カリエンテス」という村に行きます。

 

日本のサイトでは「アグアス・カリエンテス村」のことを「マチュピチュ村」と書かれていところが多いですが、マチュピチュ村」と言っても誰もわかりませんでした。

 

電車でもいけますが、線路を歩く方が'旅感'がでるので多くの旅行者は3時間歩きを選びます。

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この歩きが「スタンド・バイミー」コースと呼ばれてます。

途中では電車も通ります。

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3時間の徒歩の末、雨に見舞われましたが無事にアグアス・カリエンテスに着きました。

 

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マチュピチュに向かうには、朝出発して夕方に着くので、アグアス・カリエンテスに最低一泊する必要があります。

 

宿はその場で探しましたが、後に考えるとちゃんと先にとっておけば良かったかなぁと。

 

ホステルワールドでレビューを見て取った方が安全ですし。

 

でも、宿を決めてなかった代わりに線路を歩いてる内に仲良くなった韓国人の子達と一緒の宿に泊まることにしました。

夜ご飯を一緒に食べてその日は次の日に備えます。

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次の日は朝4時半に起きて、朝一にマチュピチュに向かいます。

 

そしてこの日は2つの試練がありました。

 

1つは我々がアフガニスタンになってしまったことです。

 

というのも、マチュピチュはオンラインでチケットを買わなきゃいけないのですか、チケットを買う時に国籍を選びます。

 

チケットURL:http://www.machupicchu.gob.pe/

 

国籍の一番初めがAから始まるアフガニスタンなのですが、変えるのを完全に忘れてしまっていたのです。

 

しかもこの国籍を選ぶ前に、

 

友達と

 

「出身はアフガニスタンでいい?笑 これ変えるの忘れる人年間10人くらいいるよねー笑笑。あははは。」

 

という会話をしてました。

 

次の日自分たちのオンラインチケットを見ると国籍がアフガニスタンになっていました。

 

。。。。。。。。。

 

。。。。。。。。。

 

1年間の10人のうちの1人に見事になりました。


なので、エントランスでチケットを見せる時には、かなりドキドキしました。

 

もしかしたら、パスポートとチケットの国籍が違うことを理由に入れてくれないかもしれない。

 

正直に間違えたことを言うか、言わずに強引に突破するか迷いましたが、こうゆう時は強引に突破するのが、正しいですよね!!笑

 

なので、全く知らないふりをして堂々と日本のパスポートとアフガニスタン国籍のチケットを見せました。

 

そしたら、何も言われずに突破です。

 

余裕でした。

 

神は乗り越えられる試練しか与えないのです。

 

大事なのは図太さだと学びました。

 

なので、これからマチュピチュに行く方はアフガニスタン国籍でチケットを買っても大丈夫です。

 

そして、マチュピチュに入るにはガイドが必要です。

 

と、多くのサイトに書いてあり、多くの人がガイドをつけてます。

 

いやガイド必要ないっしょ。

 

ということで、ガイドなしで中に入ろうとしたら、特に止められることもなく余裕で中に入れました。

 

何事もとにかくやってみることが大事ですね。笑


そしてもう1つの試練が

「雨」

あめ。。。。。。

アメ。。。。。。

AMEなのです。

そもそもこの時期は雨季で雨や曇りが続く時期なのですが、春休みなどを利用すると大体はこの時期になってしまいます。

霧が深く、いろいろ見えない状態です。

予想通りでしたが、いざマチュピチュに行って曇りだとかなり幻滅します。。。

 

こんな感じ。

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よく見るやつと全然違う!!

 

「これ、マチュピチュだよ!!」

 

と言っても微妙ですよね。。。。


しかし、霧の動きが早いので、少し待ってると霧が晴れてることがあります。

すかさず、


「今!今!」

 

と写真を撮ります。

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そして、更に待つともっと霧がはれてきます。

 

いいぞ、いいぞ。

 

その調子だ!

 

と思ってると、なんと曇り・雨予報なのに太陽がでてきました!!

 

おおお!!!

 

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これiPhone SEで撮ってますが、マチュピチュのお陰で一眼で撮ったみたいになってます。笑

 

一緒に行った友達は見事に雨女でしたが、晴れ男の僕の勝ちでした。

 

マチュピチュは曇りでも、粘っていたら晴れることもあるので諦めないことがポイントです。

 

写真を撮った後は、モンタニャに登ろうとしたら、

 

「もう受付時間過ぎてるよ」

 

と言われました。

 

かなり粘ってここも強引に中に入ろうとしたら、立ちはだかるのは門番のおばちゃんです。

 

彼女はこの入り口の主であり、この入り口に来るのに遅れた人やチケットを持ってない人を追い返すという重大な仕事を長年していて、その腕の太さからは只者ではない臭いがします。

 

30分遅れたぐらい余裕っしょ。ペルー時間ルーズっしょ。

 

と思ってたら、あえなく撃沈しました。

 

交渉してもおばちゃんは首を縦に振らず、遂には最終兵器のお金を握らせるか迷いましたが、それはせずに諦めました。

 

でも、諦められなかったので、山を登る違う道を見つけて、その道で山に登りました。

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マチュピチュとワイナピチュをより高いところから見れます。

 

そしたら、そこになんとブラジルであったイギリス人の19歳3人組に偶然再会しました。

 

この3人組とはブラジルの路上ダンスを一緒に楽しんだ仲です。

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こうゆう偶然の再会はテンション上がります!

 

正規のルートで登ってたら彼らには再会できませんでした。

 

なので、通してくれなかったおばちゃんに感謝というポジティブにいこうと思います。笑笑 

 

旅も終盤になってきました。

 

この後はチリに向かいます。

 

マチュピチュに行けなくてわかった旅を最高に楽しむ方法

 

朝4時のフライトに乗るべくして、ロビーで待っていたら「遅延」のお知らせが流れました。

 

さいあくです。。。。

 

なぜなら、朝7時15分のマチュピチュ村に向かうバスに乗る予定だったのですが、このままだと間に合わなくなってしまいます。

 

「30分くらいの遅れならまだ間に合うかもしれない」と考えていたところ、2時間がっつり遅延してあえなくバスを逃しました。

 

お金を無駄にしただけではなく、その日マチュピチュ村に向かうことは不可能であるということを伝えられました。

 

がーん。。。。

 

友達と同じバスで向かう予定だったのですが、遅延のせいで僕の友達も一緒にキャンセルしてくれました。

 

しかし、なんとかマチュピチュ村に向かう方法はないかと色々調べたり、数々のツアー会社を訪ねたのですが、どの会社もダメでした。

 

仕方なく、マチュピチュ村には次の日の早朝に向かうことに決めました。

 

一日ぽっかり空いてしまいました。

 

ここで頭をよぎった言葉は、

 

「旅では起こることを楽しむと決めること」

 

という言葉です。

 

ちょうど飛行機で読んでいたこの本の言葉です。

 

ライフトラベラー 人生の旅人

ライフトラベラー 人生の旅人

 

 

旅はハプニングがあるから楽しいんですね。

 

なので、どうにかしてこの一日を最高の一日にしてやろうとムキになってきました。笑

 

そして、クスコで何かできないかと色々なツアーをみたのですが、どれもなかなかピンときませんでした。

 

アマゾンツアーや、アルゼンチンのバイクツアーなどを体験したのですが、なぜか

 

「あまり満足しなかった」

 

からです。

 

それはそのはず、ツアーにはガイドがいて、どこに行くか決まっていて、どう行くかも既に決まっていているんですね。

 

それだと、どうしても「受動的」になってしまうんです。

 

これって主体性がないんですね。

 

思考停止状態になるんです。

 

旅の醍醐味である、「自分で考えて行動する」という行為を完全に奪い取ってしまっているのです。

 

文科省も「これからの子ども達には主体性が必要だ!!!!」と言ってます。

 

これって、

 

「ツアーには申し込むな!!」「ペルーでも自分で考えて行動しろ!!!」

 

って文科省は言いたいと思うんです。

 

なので、ツアーを申し込む代わりに、自分たちでツアーを作ることに決めました。

 

自分たちで行く先を決めて、自分たちで何で行くかを決め、自分たちで道を調べていきました。

 

まずはツアー会社に交渉して、

 

「ツアーではなく、自転車を貸してください。ガイドはいらないです。」

 

とお願いしたところ、

 

「うちはツアーしかないんだ。」

 

と言われてあえなく撃沈。

 

。。。。。。。。

 

ここで簡単に諦めないところが肝心です。

 

だって、自転車でペルーの山々を駆け回るのって絶対に楽しいのがわかるじゃないですか。

 

そう強く思っていたので、他のツアー会社にも行きました。

 

ツアー会社はひたすらツアーを勧めてきますが、それを冷静にかわして、

 

「自分たちで行く。」

 

と言っていると、1つの会社が自転車だけ貸してくれることを了承してくれました。

 

自転車だけなのでツアーよりもずっと安く、「夜7時までに返してくれ」と言われました。

 

無事にバイクを借り、自転車で2時間くらいのクスコの穴場スポット「マラス塩田」に向かうことに決めました。

 

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サイクリングをしているのは僕らの他にはいなく優越感に浸ります。

 

そして、美しい景色に魅了されました。

 

 f:id:Finalist7:20180316023656j:imagef:id:Finalist7:20180316023705j:image

絶景です。

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こんなに気持ちいのに、なぜサイクリングをしている人たちが少ないのだろうと最初に思っていましたが、それはすぐにわかりました。

 

それは、「高山病を恐れてるから」です。

 

。。。。。。。。

 

標高は3800メートルです。

 

富士山より高いです。

 

その標高で上っている時はものすごいしんどいです。

f:id:Finalist7:20180316023739j:image 

 なので、かなりスローペースで休憩しながら行きました。

 

途中では、よくわからないおばあちゃんに

 

「これ飲んでいきな!!!」

 

と止められて壺の中のピンクの飲み物を飲んでみたら見事にビールでした。

 

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「どんどんのみな。タダだよ!!」

 

とそのビールを一気飲みするおばちゃんは酒豪です。

 

富士山よりも高い場所で、ビールを飲んで酔っ払いながら、サイクリングするってやばいだろと思いましたが、しっかり飲み切りました。笑

 

そんなことをしながらサイクリングをしていると、2時間で着くところ、2時間たってもまだ目標の半分にも達してないという事態が起こりました。

 

ここで「目的地にたどり着かないのではないか」

 

という不安と

 

「もしこのまま日が暮れてしまったらどうしよう」

 

という恐怖に襲われました。

 

今僕たちが向かっている、「マラス塩田」には「マラス塩田ツアー」があり、車で1時間ほどで行くことができます。

 

しかし、僕たちは「自転車を選んだ」ことで3時間たってもまだ着きません。

 

「僕らも大人しく車で行けばよかったかも」

 

と一瞬思いましたが、目の前の景色をみたら「すぐさまこれが正しかった」と思いました。

 

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 f:id:Finalist7:20180316024044j:image

確かに、車の車窓からも同じ景色が見えます。

 

しかし、車窓からの景色とサイクリングで一回一回止まって景色を贅沢に堪能していくのは雲泥の差です。

 

何よりも、車に動かされているのではなく、「自分たちで一歩一歩進んでいる感覚」がとても気持ち良いのです。

 

確かに、車で向かうのは一見楽で快適かもしれないですが、その分それを達成した時の達成感はあまりありません。

 

僕らはゴールへの過程を丁寧に一歩ずつ歩んでいきました。

 

その結果、「マラス塩田」に着いたときは出発してから5時間ほど経ってましたが、興奮と感動と達成感の入り混じった感情が湧きました。

 

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この感情は、なかなか普段感じることができなく、ものすごく幸せな気持ちになりました。

 

上り坂で歩いたり、何度も休憩したり、頻繁に水分補給して、たどり着いた「マラス塩田」には特別な感情が生まれました。

 

そして、友達と一緒に行ったことでその喜びを共有できる素晴らしさがありました。

 

「自分たちで決める」

「仲間と喜びを共有する」

 

この二つは旅を最高に楽しむには欠かせないのかなと思いました。

 

バイクは7時に返さなければいけなかったのですが、2時間遅れの9時に戻ってきたのですが、僕らがちょうどバイク屋さんに行ったときに彼らがお店を閉めていたというミラクルが起きました。

 

ベストタイミングでお店に着き、延長料金も払わなくてもよく、

 

「君たちが遅いので心配した。もちろん自転車よりも、君たちの身の安全のほうだ。あなたたちは私たちの大切なお客様です。」

 

と言ってもらいました。

 

今日、マチュピチュ村にいけなかったという不運に見舞われましたが、その代わりにまたとない経験をすることができ、最悪の一日から最高の一日に変わりました!

 

明日こそはマチュピチュに向かいます!

 

 

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これがホンジェラス(ロアタン島)の日常!面白いあるある10選! 

 

ロアタン島に3週間いて見つけたホンジェラス(ロアタン島)あるあるを発表していきます。

 

まず場所の確認です。

 

ホンジェラスはここ

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そして、ロアタン島はホンジェラスの北部にある島です。

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 ホンジェラスあるある①住所がない

 

はい、この島住所がないんです。

 

最初に空港で、

 

「どこに泊まるの?」

 

と聞かれて、「住所聞くの忘れてた!」と思ったら、迎えに来てくれた人が

 

「この島には住所がないよ。だから、あの道の黄色の家というんだ。」

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と教えてくれました。

 

住所ないって郵便物どうするのか不思議です。

 

ちなみに、日本に手紙を出そうとしたのですが、到着するのに2か月ほどかかり、1万円ぐらいと言われたのであえなく断念しました。

 

ホンジェラスあるある②トイレに紙を流せない

 

これは、中米、南米であるあるだと思うのですが、トイレで紙を流せないことがよくあります。

 

なので、流す代わりにごみ箱の中に捨てます。

 

和式のトイレがあったり、紙を使わないトレイがあったり、文化によって様々ですね。

 

ホンジェラスあるある③毎朝アリチェック

 

これは、毎朝「アリ」のチェックをするということです。

 

家の中にも「アリ」がいます。

 

少しでも洗い残しがあると次の日にはアリがそこに群がってきます。

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みりんを少しこぼして放っておいた次の日は大変でした。笑

 

ホンジェラスあるある④草むらに無数の蛍

 

夜になると光るものが草むらに見えます。

 

最初はイルミネーションか何かと思ってたら、よく見たら四方八方に動いてます。

 

現地の人に聞いてみたら、

 

「それは蛍だよ」

 

と教えてくれました。

 

草むらに蛍がいるのは不思議な感じでしたが、幻想的な景色でした!

 

写真には写りませんでした!

 

ホンジェラスあるある⑤シートベルトを締めないタクシーの運ちゃん

 

島で移動は基本タクシーです。

 

タクシー通勤と言うと豪華に聞こえますが、大体200円程なのです。

 

タクシーの助手席に乗ると

 

「ピッ、ピッ、ピッ、ピピッ、ピピッ、ピピッ」

 

と音が鳴ります。

 

何事かと思ったら、「シートベルト着用の音」でした。

 

「ちゃんとつけてるよ!」と思って横を見たら、

 

運ちゃんはシートベルトをしてません。

 

いや、お前かよ!

 

とツッコミを心の中で入れました。笑

 

ホンジェラスあるある⑥ドルとレンピーラどちらも使える

 

この島ではUSドルとホンジェラスの通貨であるレンピーラ(L)がどちらも使えます。

 

基本的には1ドル=24レンピーラなのですが、場所によっては1ドル=25レンピーラとかなり自由です。

 

ちなみにこないだ「お金を貸してほしい」と言われた金額は「3500レンピーラ」でした。

 

そして、返ってきたのは「3000レンピーラ」です。笑

 

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ホンジェラスあるある⑦無数のヤモリ

 

この島ではヤモリを一日5匹ほどみます。

 

道、家、学校、部屋、

 

どこにでもいます。

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部屋の中にも常に2匹いましたが、蚊を食べてくれるのであえてそのままにして、部屋の中で飼っていました。笑

 

 

ホンジェラスあるある⑧頻繁の停電→星がきれいに見える

 

停電が頻繁に起きました。

 

大体3日に1回の頻度で起き、夜停電になると本当に何もすることがないです。

 

アフリカでもあるあるでした。

 

料理もできない、インターネットもない、何も見えない、

 

という状況です。

 

でも、そんな時に空を見上げると星がいつもよりきれいです。

 

停電も悪いことだけではありませんね!

 

ホンジェラスあるある⑨蚊に異様に刺される→刺されなくなる

 

蚊がめちゃくちゃいます。

 

しかも、ものすごく小さい蚊が気づいたら腕にいて気づいたら片足で100箇所以上刺されて、最初はかなり悩まされました。

 

人体に悪影響を及ぼすといわれている?超強力の虫除けスプレーも買ったほどです。

 

しかし、3週目に入るとぱったり蚊に刺されなくなりました。

 

ホンジェラス人になったのだなぁ、しみじみと思いました。笑

 

ホンジェラスあるある⑩イエローカードが必要

 

ホンジェラスに入国するときに「イエローカード」の提示を求められました。

 

イエローカードとは「黄熱病」の予防接種を受けたという証明書です。

 

「いちおう受けとくか」と思っていく前に受けたのですが、ホンジェラスで必要だと思ってなかったのでラッキーでした。

 

一回受けると生涯有効なので、アフリカ、南米あたりを行く人はぜひ受けたほうがいいと思います。

 

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まとめ

 

以上がホンジェラスあるあるでした。

 

ぜひホンジェラスにも行ってみてください!

 

あ、本土はめちゃめちゃ危険みたいなので気を付けてください!

 

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「お金を貸してくれ」とホンジェラスで言われて素直に貸してみた

 

あなたは「お金を貸してくれ」と言われて貸しますか?

 

「それは時と状況による。」

 

と言うのが一般的だと思います。

 

それでは、

 

【ホンジェラス】で「お金を貸してくれ」と言われたら、

 

お金を貸しますか?

 

貸してくれと言われている金額は1万5000円です。

 

「貸さない」、「5000円だけ貸す」、「全額貸す」

 

という選択肢があるでしょう。

 

僕は素直に全額貸しました。

 

ここで条件を整理します。

 

相手:同じ学校でティーチングアシスタントとして働く大学2年生の女の子

 

理由:大学の学費を支払わなければいけないが、バイト(ティーチングアシスタント)の給与がまだ振り込まれていない。

  → 他の教員も同じことを言っていたため、給与の支払いが遅れているのは事実。

 

金額:1万5000円

 

自分と相手の関係:挨拶をしたり、雑談をする仲だったが、次の日に他の先生と一緒に遊びに行こうとなった。仲がかなり良いわけでもなく、仲が悪いわけでもない。

 

お金を貸してくれと言われるまでの経緯:

 

金曜日

 

次の何しようかな~と思って、例のその子に

 

「この島で言ったところいい場所あるかな?」

 

と聞いたら、

 

「ウエスト・ベイは絶対行ったほうがいい!」

 

と言われて、

 

「1人で行ってもたのしいかな?」

 

というと、

 

「1人ではつまんないかも。確かにこの島来て一緒に遊びに行く友達作るの大変だよね。よし、他の先生も誘ってみんなで行こう!その後は帰ってきてディナーだね。」

 

と言われ、「おお!優しい!」と思い、次の日が楽しみになりました。

 

ちなみに先週はダウンして一日中部屋の中にいたので、なおさら期待が高まります。

 

そしたら、その日の夕方ぐらいに

 

「いきなりちょっとこうゆうの頼むの変なんだけど、バイトの支払いが来なくて、大学の学費が支払えないんだよね。親とか親戚にも頼んだんだけど、ダメだって言われて。来週の月曜には絶対返すからかしてくれない。」

 

というメッセージが来ました。

 

おお

 

さあ、どうするか。

 

「今現金ないんだよね。ATMも使えるかわからないし、難しいかも。」

 

とやんわり断りました。

 

そしたら、秒速で

 

「じゃあ、一緒にATM行こう。私が教えてあげるよ。」

 

と言われました。その時は、自分はカフェにいたのですが、わざわざそこまで来るということ。

 

あんまり乗り気ではなかったものの、

次の日一緒に遊びに行くというのがネック

&給与の支払いが滞っていたのは事実

&大学の学費のため、

 

という理由のため、渋々了承しました。

 

フットワークが軽い&レスポンスが以上に早く(ここ大事)、すぐに自分のいるカフェまでわざわざ来ました。

 

そしてATMまで一緒に行き、1万5000円を手渡ししました。

 

この時、最悪お金が返ってこないかもしれないと覚悟をして渡しました。笑

 

「ありがとね。明日は2時くらいに行こう~。」

 

と言われ、少し町の案内をしてくれた後、家に戻っていきました。

 

土曜日

2時くらいに外出のため、それまでは家にいたら11頃に、

 

「一緒にいく先生から全然返信が来ない。これだったら二人でいくことになりそうだけど大丈夫?」

 

と言われ、「まあ、それでもいいだろう」と思い、その旨を伝えました。

 

そして、1時半前に、

 

「そういえばどこに集合する?」

 

とメッセージを送りました。

 

そしたら、

 

返信が返ってきません。

 

。。。。。

 

。。。。。

 

 

。。。。

 

そしたら、2時半ごろに、

 

「ごめん。お父さんの手伝いを急に頼まれて、日中は遊びにいけない。ごめん。だから、夜ご飯だけにしよう。」

 

と言われました。

 

おうおう。笑

 

そうゆうパターンね。笑

 

色々思うことはあるも、しょうがないなぁと思い、結局家にいてだらだらすることに。

 

そして、夜ご飯の場所の近くのカフェに行くことにしました。

 

ここから、返信が遅くなってきたことがポイントです。笑

 

「夜何時くらいがいい?」

 

と6時半くらいに聞かれ、

 

「7時半はどう?」

 

と返信しました。

 

そしたら、そのあと一向に返信が来ません。

 

7時半を過ぎました。

 

8時を回りました。

 

8時半を回りました。

 

。。。。。

 

。。。。。

 

 

返信はありません。

 

しかし、Facebookがオンラインなのです。笑(最近のFBは便利です。)

 

しかも、投稿をバリバリしてます。笑

 

確かにFBはみてるのには、メッセージは既読にならないという「わかりやす未読無視」です。笑

 

しかたなく、一人でご飯をたべその日は帰ることに。笑

 

ドタキャン&連絡無ドタキャンのダブルパンチを食らいました。

 

怒りの感情はあまり湧いてこないのですが、切なさをひしひし感じてました。

 

日曜日

アパートの人たちと、ビーチで一日シュノーケリング&ビーチバレーを満喫しました。

 

そしたら、携帯に

 

「昨日はまじでごめん。携帯お父さんの仕事場に置き忘れて連絡取れなかったの。。。ホントごめん、、、私本当はこんなドタキャンする人じゃないから。。。!」

 

と連絡が入ってました。

 

「いや、バリバリFB更新してたやん!!!」

 

と心の中で突っ込みをして、なぜこんな分かりやすい嘘をつくのかが謎でした。

 

そのメッセージにどう返信しようか迷っていたところ、返信するのを忘れて次の日「約束の月曜日」を迎えました。

 

月曜日

 

 

朝一番に、

 

「メッセージみた?土曜はごめん。お金は帰り、父さんが持ってくるからその時に渡すね。」

 

と言われました。

 

そして僕は正直ホッとしました。

 

なぜなら、「わざわざ自分からお金のことを話してきたから」です。

 

この日、「お金のことはまるで何もなかったかのように振る舞われるかもしれない」と思っていたので、朝一番にお金のことを言われたので、

 

「ああ、帰りには返ってくるんだ」と思いました。

 

そして、学校が終わるころに、その子に

 

「父親が来るまで、あと1時間くらいかかるみたい。この後、家まで届けにいくよ。あ、私そういえば明後日から本土に行かなきゃいけないの。」

 

と、言われました。

 

「これは、今日と明日やりすごしたら、その子逃げ切れるやつだ」

 

という疑惑が湧いてきました。

 

僕は学校の後はカフェに行く予定だったので、

 

「じゃあカフェにきてよ。」

 

と伝えて、別れました。

 

その後、カフェにいてもなかなか連絡が来ません。

 

3時間くらいたった後に、

 

「ごめん、お母さんが病院に入院して、付き添わなきゃいけなくて、今日いけるかわからない。」

 

おお。フラグが立ってきました。

 

・・・

 

この「登校中に妊婦さんに会って、助けてたので遅刻しました」というような話を聞いて、疑惑の念が湧きます。

 

その前に、「携帯を置き忘れてきた」というあからさまな嘘をつかれていたのでより一層疑ってしまいます。

 

なので、こちらから攻めていくことにしました。

 

「いくら遅くても大丈夫だから、今日家まで来て。現金が自分もなくなって、そのお金がないと学校にいけないんだ。今日返してくれるって言ったよね。」

 

と、理由をつけて返還を求めました。

 

時刻は8時を過ぎてましたが、これから家に本当に来るかは正直疑わしいですが、懇願をします。

 

そしたら、

 

「今日お母さんの付き添いを夜中ずっとしなきゃいけなくなった。明日絶対返す!!!」

 

と言われました。

 

火曜日

 

学校に行ってみると、、、

 

、、、、、、

 

そこには、彼女の姿はありませんでした。。。。。

 

。。。。。。。。

 

。。。。。。。。

 

その日は学校を休んだのです。。。。。

 

「まじか。。。。」

 

。。。。。。。。

 

彼女の逃げ切り成功です。

 

学校ではwifiが使えず、連絡をとれず、学校後カフェでメッセージを送りました。

 

「今カフェにいるけど、今日学校こなかったよね?」

 

と送りました。

 

もちろん既読はつきません。

 

。。。。。。。。

 

なんとなく途中から薄々感じてましたが、ショックです。

 

覚悟はしていたものの、実際にされるのは違います。

 

これはほかの先生に言ったほうがいいのか、どうすべきだろう。

 

んー。。。

 

なんか、怒りの気持ちよりも、悲しさのほうが強いです。。。

 

。。。。。。

 

。。。。。。

 

と、次の瞬間

 

「Mr. Masaki!!!」

 

と呼ばれ、その子がカフェに入ってきました。

 

手には封筒があります。

 

「はい、これ。遅くなってごめんなさい。」

 

と言われて、お金を返してもらいました。

 

!!!!!!!!!

 

返ってくるのか!!!!

 

もう既に諦めていたので、かなり嬉しくなりました!

 

「やっぱりなんだかんだ、人を疑うよりも信用することは大事」

 

「疑うことよりも信用したい」

 

と実感しました!!!

 

!!!!!!!!!

 

しかし、中身を見たら1万3000円程で2000円程足りません。

 

その子曰く、

 

「お金が足りなくて。。。残りの2000円は明日妹が学校に行って直接あなたに届けに行くわ」

 

と言われました。

 

「そうかそうか。」

 

とおもいながらも、大半のお金が帰ってきて喜んでいました。

 

「じゃあ、さようなら。色々ありがとう」

 

と言われ、彼女は本土(飛行機で2時間)に行ってしまいました。

 

水曜日

 

学校に妹は来ませんでした。

 

なんとなく、「来ないだろうな~」と思っていたのでまあ予想通り、という感じです。

 

いちおう

 

「妹今日来なかったけど、ほんとに来るの?」

 

とメッセージを送りました。

 

が、遅れません。

 

。。。。。。

 

。。。。。。

 

見てみると「このユーザーのページは見れません。」

 

となっています。

 

いきなりです。

 

????????

 

ネットで、調べてみると

 

「それはブロックされた状況」らしいです。

 

??????? ← 今ここです。

 

 

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子どもたちを分断する「柵」。そして僕と彼らの「見えない壁」

 

今日学校に行くと、

 

「生徒たちが学校の外に行って、印刷をしなければいけないから付き添いをお願いね」

 

と頼まれました。

 

この時間は完全に授業時間ですが、先生が必要な印刷物のために生徒たちは学校の外の離れた文房具屋に行かなければいけません。

 

「いや、授業時間に生徒使ってやらせることではないでしょ。」

 

というのが正直な感想ですが、そうゆうところがルーズなこの学校です。

 

徒歩5分くらいの文房具屋に来て印刷が終わるのを待ってました。

 

そうすると、目の前に公立の学校がありました。

 

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今自分が通っている学校は私立の学校ですが、実際の生徒はほとんど公立の学校に通っています。

 

学校の前には、ガードが立っています。

 

そして、施錠がされて外に出られないようになってます。

 f:id:Finalist7:20180306144336j:image

これは、生徒が学校から抜け出さないようにという施錠です。

 

まるで「監獄」です

 

そして、僕の学校の生徒が中の友達と話してました。

 

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僕の学校の生徒はもともとは、この公立の学校にいて、2年前に転校してきたらしいです。

 

彼は、

 

「この学校ではほとんど何も学ばなかった。生徒たちは授業を聞かず、先生もやる気がいない。」

 

と教えてくれました。

 

この生徒は幸運にも、スポンサー(支援してくれるアメリカ人)を見つけたため、現在は僕のいる私立の学校に通うことができました。

 

彼はこの、「柵の外に出る」ことができたのです。

 

しかし、多くの生徒はこの柵の中にいます。

 

この柵の外に出ることができないのです。

 

この柵はただの柵ではなく、彼らの人生の障壁です。

 

「柵の外にいる彼」と「柵の中にいる彼」はかなり異なる人生を送るでしょう。

 

まるで、この「柵」が彼らの世界を分断してるようです。

 

この柵が、「よい教育をうけることができる」かを決め、それが将来の彼らの仕事、収入、生活などを決きます。

 

この柵はただの柵ではないのです。

 

彼らの人生を分断する柵なのです。

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そんなことを考えていたらもう一つ壁があるのに気づきました。

 

その壁は「見えない壁」です。

 

それは「自分」と「彼ら」の間にあります。

 

「写真を撮る自分」と「写真を撮られる彼ら」

 

「レンズを除く側」と「レンズの中の被写体」

 

この両者の立場は決定的に異なり、大きな壁がそこにはあります。

 

柵の「中の子」と「外の子」が異なるように、「自分」と「彼ら」の生活も大きく違います。

 

この壁を崩すことは可能なのか。

 

この壁をそもそもなくすほうがいいのか。

 

この壁を壊した先に見えるものはなんだろうか。

 

そんなことを考えた一日でした。